分かれ道 その3

 ナタル王国の王都ザカルタ。

<混沌>後、他国との貿易で栄えた城下町は、商店がたち並び人々の活気で溢れている。

 ナタルは生産技術が他国より群を抜いて発達しており、骨董品や武器・防具、それに機械などの加工品が主な輸出品となっている。

 それに対して、気候や地形の関係でごく限られた地域でしか野菜や果物を栽培できないため、食材の大半を輸入に頼っているのが現状である。


 そんなナタルで今一番ホットな話題は古代文明。

 特に、『世界各国で判明された文明の原点スカラ王朝』への関心は日に日に高まっている。

 そのため、ナタルでは世界中から学者が集まってきて、調査・研究が盛んに行われるようになったのである。

 当然遺跡に関連する資料も集まってくるため、ナタルには世界にも類を見ない巨大な図書館が建設され、歴史的に価値のある資料が納められている。


 図書館は重要度に応じて規制がかかっており、学者はもちろんのこと、貴族でも上位の身分でないと入れないエリア<宝物庫>がある。

<宝物庫>にはスカラ王朝に関する調査資料などが保管されており、持ち出しすることが禁じられている。



 現在その<宝物庫>に、この場に相応しい凜とした女性が一人で入ってきた。

「さぁて、どこから探そうかしら。ツエルさんの推測の裏付けも取らないといけないから……調査記録をまず確認ね」

 ツエルの相棒であるリーネ、その人だった。


 なぜリーネが一人でこの場にいるかというと、主な理由が三つある。

 一つ目は、ツエルは字の読み書きができなくて、居ても役に立たないから。

 二つ目は、ツエルは別にやることができたから。

 前者については、もうリーネは諦めている。

 本人が覚える気があるならいいが、何度リーネが「私が教えるから」と提案しても、「お前がいるからいい」と言って素直に教わってくれないのである。

 後者については、普段自分から動こうとしないツエルが「動く」と言ったので余程のことがあるのだろうと、リーネは推測している。

 そして、大体そういった事態になっているときは自分を危険にあわさないようにしているときだとも気づいた。

 だから、一緒にいたいと駄々をこねるわけにもいかず、渋々ツエルが一人で行動することを承認したのである。


 しかし、どのみち上記の理由がなくても、リーネも一人で動かざるを得なかった。

 なぜなら三つ目の理由である、『そもそも<宝物庫>に入る資格がリーネしかなかったこと』に由来する。

 世間知らずのツエルはともかく、リーネがなぜ<宝物庫>に入る資格を持っているのかというと、以前滞在した町で要人の救出をしたことがきっかけだった。

 その要人は学者ではなかったが、ナタル王国の図書館の設計者であり、芸術家繋がりでツエルの恩人であるマスターとも深い縁のある人物であった。

 リーネが古代文明に興味があることを知ったその人物は、「もし訪れることがあれば」と言って<宝物庫>への許可証を発行してくれたのだ。

 ちなみにマスターとは、ツエルが10歳のときに野垂れ死になりそうなところを助けた人物のことである。名前・年齢不詳という謎に満ちた女性であり、何でも完璧にこなす様からマスターと呼ばれている。

 実は、リーネが古代文明に興味を持ったきっかけはマスターであり、今では旅の合間に独学で古代文明の謎を突き止めようとちょうど躍起になっていたところだった。


「リーネはこうなることが視えてたのか?」

 とツエルは聴いてきたが、リーネにとってそういった出来事の予知ができたことはこれまでにはない。

 気づいたら体が動いていた。

 毎回そんな感じなのである。


「「だから、無駄じゃないでしょ?」ってツエルさんに言ったときのツエルさんのあの表情……可愛かったなぁ。私は無鉄砲なだけの使えない女じゃないんですからね」

 ボソボソとつぶやきながら資料を探すリーネ。


 その後、リーネは黙々と資料をあさり続け、必要な情報を手持ちの紙にひたすら書き写していく。

 図書館は厳重な警備がひかれて一日中開いているのをいいことに、リーネは飲食を忘れて丸三日間ブッ通しで資料調査を続けることになる。


 一通り書き写したところで、キーワードごとに書いた紙を仕分けしてみると『混沌』『変革者』『遺跡』の三つに分けることができた。

 三つとも今整理すると三日間では足りないとリーネは考え、今回必要な情報である『遺跡』に絞って整理することにした。

 スカラ王朝に関する以外で記載されていた文明についてもなんらかの関連性があると思い、何気なく・・・・各文明の主要遺跡の座標を地図上にプロットしてみた。


(ティスト遺跡に……カンボ遺跡……シェゾ遺跡……ダカル遺跡……ザクス遺跡と……ん!?)

 すると、思いもよらない興味深い事実をリーネは発見してしまった。

 なんと、遺跡の中でも神殿があった・・・・・・とされる主要遺跡をプロットした点を繋いでみると、見事なまでに完璧な横一直線を描いていたのだ。


 あまりにも驚くべき発見に、リーネはつい慌てて周囲の様子を探ってしまった。

 そんなリーネの様子を警備員は一瞬怪訝そうに見つめたが、あまり関わりたくなさそうな表情をして、元の態勢に戻すことにしたようだ。


「どういうこと? なんで栄えていた時代もまったく違う遺跡同士のはずなのに……待って、本当にまったく違うのかしら?」

 リーネは信じられない表情で、もう一度地図を見直してみる。

 すると、横一列に並んでいるだけではなく、点と点の間隔はある一定の間隔で遺跡が発見されているのがわかる。

 ここまで正確に遺跡が見つかっていることから、偶然という言葉だけで片付ける方が不自然だろう。


(この法則性を基にすれば、まだ見つかっていない神殿があった遺跡も発見できるかもしれなわ。ううん、それどころか法則性がなにか古代人からのメッセージだとしたら……う~、解明するにはどれだけ時間があっても足りないわね)

 リーネはもっともっと探求したい気持ちが沸き上がってきたが、深呼吸をすることでなんとか気持ちをなだめることに成功した。


「取り急ぎスカラ王朝の遺跡の在り処ね。もし先日ツエルさんと行ったチャズ砂漠にあるとしたら……うん、やっぱりこの辺りね。とすると、例のカミールさんの祖先が発掘調査した場所はと……」

 それからリーネは、時間が許す限り情報の精度を上げるために他の文献も読み漁り、スカラ王朝に関する調査記録を一冊のノートに整理することに専念した。




「……終わったのか?」

「もちろん終わりましたわ。私を誰だと思ってるんですか、ツエルさん?」

 図書館の前で別れてから丸三日経った今日、待ち合わせ時間ぴったりにリーネが現れた。

 見た目は疲れや眠気などを一切感じさせず、あくまで優雅な雰囲気を醸し出して。


「愚問だったな」

「ええ、まったくですわ……よ」

 言い切る前にリーネが前のめりに倒れてきたのを、ツエルは難なく受け止めた。


「お疲れさん、後は任せておけ」

 ツエルは自分に支えられて気持ち良さそうに眠っているリーネを優しそうに見つめたが、リーネを背負い 、すぐに気持ちを切り換えて次の行動に移すことにした。

 髪の毛を逆立てたまま。



 図書館を出てすぐに脇道に入り、人通りの少ない方に歩いて行ってみると、「おいっ、そこの男立ち止まれ」と後ろから声を掛けられた。

 俺は素直に立ち止まって振り向いてみると、素顔がわからないように覆面をした怪しい奴らが五人いた。


「なんか用っすか?」

「その女を置いていけ。さもないと痛い目をみるぞ」

 先頭にいたリーダー格の男がナイフを取り出すと、後ろに控えている奴らも一斉にナイフを取り出してこっちを威嚇してきた。


「何かの勘違いじゃないっすか? この子は俺の妹なんで――」

 怠そうに答えて前を向き直したら、今度は前方にも同じ格好した奴らが五人颯爽と現れた。


「大人しくここを通してくれないか? 俺はこれからやることがあるんでな」

 俺は特に同様することなくそのまま前に歩き出すと、十人に完全に囲まれてしまった。


「それはこっちの台詞だ。三度目はないぞ?」

 殺気立ったやつらに囲まれて、ツエルは大きくため息をついた。


「どうせなら、綺麗な女性に囲まれるなら嬉しいけど……こんな野郎どもに囲まれてもなんも嬉しくないっての」

 ツエルは立ち止まり、腰に巻き付けていたロープを取り出して、リーネが背中から落ちないように器用に巻き付けた。


「……女一人担いだままで、我らから逃れられると思っているのか?」

「逃れる? そんな必要はないよ」

 ツエルは屈伸をしながら、背を向けたままリーダー格の男の問いに答えた。


「なんだと!? それはどういう意味だ!」

 馬鹿にされたと思ったのかますます殺気立つ奴らを目の前にして、俺は久しぶりに血の高ぶりを感じた。


「だって、もうあんたの手下たちは気絶してるからな」

「なっ!?」

 男が慌てて周りを見てみると、手下たちが次々に何も前触れなく倒れていった。


「ど、どういうことだ? 貴様何をした!?」

「何をしたって……だから、進路の邪魔だから気絶してもらっただけだよ」

「ば、ばかな」

 男はさっきまで威勢はどこにいったのか、急にオロオロしだした。


(気絶してもらったといっても、俺が屈伸している間に気を抜いたやつらに対して一瞬波動を叩き込んでやっただけだけどな)

 ツエルがやったことは、空気と<同化>した状態で体内から振動波を発生させ、周囲にいる特定の相手に向かって飛ばしたのである。そして、自分とは異なる特定の波長が伝わった相手は、波長に応じた影響を強く受けることになる。

 たとえば、少し波長を変えるだけで影響はかなり変わり、体の免疫力を促進させる波長もあれば、逆に破壊させる波長もある。

 今回は殺す必要がないと判断したため、ツエルは三半規管を揺さぶる波動を少し強めに叩きつけたことで、相手は意識を保てずに気絶したのである。


「じゃあな」

「ま、まて! こんなことして――」

「ナタル国の独立遊撃隊が黙っていないってか?」

「!?」

 図星だったのか、男は言葉を何も発せなくなっていた。

<独立遊撃隊>とは、世界十二ヵ各国にそれぞれ所属する武装部隊のことである。

<混沌>による影響が収まってきたあとでも各地で内乱があったときに、独自の判断で行動することが許されている軍隊である。

 所属しているとはいえ国との主従関係はなく、<独立遊撃隊>は政権争いに参加することは固く禁じられている。


「……その存在を知っているならわかるだろう。そこに所属している・・・・・・・・・我々に歯向かうとどうなるかということが」

「……<ユッドベート>に敵対することになるってことか」

 俺の呟きを聞いた途端に、男はニヤッと勝ち誇った表情をした。

 さっきからコロコロと表情を変えて、忙しい奴だな。


<ユッドベート>とは、<混沌>の時代を終焉に導いたとされる傭兵団のことである。

 傭兵団は、元々各地から治安を守るために立ち上がった有志の集まりなだけだったが、しだいに十二人の団長によって強く結束するようになり、世界各国の内乱を鎮圧していった。

 規模としては百人にも満たない集団がなぜそんなことができたのかというと、団長クラスになると<異能>の力を扱えたことが大きかったとされている。

<混沌>の時代が終わったのち、その強大な力を各国は恐れるようになり、傭兵団は世界十二ヵ国に分断された。そして、先に述べた<独立遊撃隊>として<ユッドベート>は各国を守護する存在になったのである。

 つまり、各国にはそれぞれ<ユッドベート>の団長が必ずいて、何か国内で悪事を働けば必ず制裁が下すということを暗に示している。


「確かにあいつら・・・・は厄介だな……」

「だったら、大人しく――」

「だが、だからと言ってこんなところでただ黙って捕まるわけにはいかないんでね」

 ツエルはリーネを巻き付けていたロープを解き、ゆっくりと地面に横たわるように寝かせた。

 そして、肩幅まで両足を広げて左足を軽く前に出し、体は正面を向け、腰辺りで両手の手先が向き合うように構える。


「武器もなくこの私に歯向かおうと言うのか……よかろう! お前を殺して、その女は頂く!」

 男は素早い動きで一瞬でツエルのすぐ近くまで移動し、ツエルの心臓目がけて持っていたナイフを一気に突き伸ばす。


(もらった!)

 男が討ち取ったと思った瞬間、いつの間にか目の前からツエルの姿は掻き消えており、そこで男の意識は途切れた。




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