分かれ道 その2
「こんなところで何が起こるんだ、リーネ?」
俺は周囲が礫岩しかなく、人工的に掘った形跡が至るところにある砂漠地帯のど真ん中でリーネに問いかける。
「さぁ、この地点で何が起こるしか私には……」
普段は元気一杯のリーネも、さすがに何もないこの場所に唖然としているようだ。
リーネが指定した座標で、彼女は確かに空間の歪みを感知している。それは、"裂け目"がこれから起きる兆候で間違いなかった。
しかし、周囲には人っ子一人いない状況に、一抹の不安を感じるのだった。
今回リーネが《
周りには人の住処どころか、草木も、水もなく、あるのは礫岩だけ。
このエリアまでは、ホバーウインドウという風を利用して走る乗り物で、リーネとニケツしてやってきた。当然何もないところにやってくる変わり者はいなくて、砂漠に入ってから一度も人を見かけていない。
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●《
裂け目が発生する座標を察知する能力。
座標周辺の景色を三六〇度見通すことができ、記憶情報として保持することができる。
ただし、いつ、誰に対して発生するかまでは正確に特定できない。
●ホバーウインドウ
燃料がなくても走らせることができる二人乗り用の乗り物。
風を上手く利用して乗ることがとても難しい。
となると、当然扱える者も少なく、<混沌>が起きた後、資源問題を解決する乗り物として開発されたが、発売一年も経たずに販売中止。
現在では世界中で五台しか残っておらず、その中でもツエルの操るホバーウインドウは特に制御が難しいとされている。
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「この辺りは、カミールという歴史学者がスカラ王朝の遺跡発掘のために調査しているエリアだそうですね」
リーネは事前調査した内容が書いてあるノートを見ながら、解説してくれた。
「スカラ王朝、きいたことのない名前だな」
「ツエルさん、スカラ王朝を知らないんですかーー!?」
知らん。
というより、俺は歴史には詳しくないから。
それより、興奮するときにいつも俺に顔を近付けすぎだからな、リーネ。
「スカラ王朝。今から一万年前に栄えた文明で、すべての人類の始祖がいたとされているわ。文明レベルは<混沌>前後よりも遥かに高く、宇宙へも自由に行き来していたそうです。しかし、ある時まったく痕跡も残さず王朝は崩壊し、残った人々は安寧の地を求めて世界中に散っていったとされています」
「よくありそうな話だな。なんでそんな栄えた文明が崩壊するんだ?」
「隕石落下説や異常現象説、戦争説など色々あるみたいだわ。でも、どの説にも確証はなくて、そもそもスカラ王朝自体存在していなかった説が実は一番有力とされているの」
残念そうにリーネは答えた。
確かにな。
後付けで都合の良いの説はいくらでも作れるけど、こういった都市伝説的な話は、辻褄合わせのために作られることもあるだろうし。
「けどよ、存在しなかった説が有力だったとしても、
「なんでです?」
「考えてもみろ。存在しないことを証明しようと思ったら、リーネならどうするよ?」
俺のフリに対して、リーネは可愛らしく考えているポーズをとる。
「ん~……私だったら『存在する前提で仮説を立てて、逆説的に存在しないことを証明する』でしょうか」
「なるほどな。じゃあ、仮に宇宙人が
ちなみに、ツエルたちが生息している惑星ミルグでは、今のところ惑星外生命体(つまり、宇宙人)との接触はないとされている。
しかし、古代神話や古代文明では宇宙人に関する記述も書かれているため、確認はされてはいないが存在はしている説が有力である。
「え!? え~っと。宇宙人が存在するとしたら、私たちに対して何らかの接触を図るはず……でも、今のところ報告がない。ということは――」
「実は、誰かがすでに接触してるけれど内密にしているという可能性は?」
「うっ!?」
リーネはツエルに痛い所をつかれ、胸を押さえて軽くうずくまる。
「宇宙人がミルグに来ていたとしても、
「うっ!? ど、どちらも可能性は否定できませんね」
さらに痛いところをつかれたリーネは頭を抱えた。
「だろ?」
「ほんとだ……ツエルさんって一般常識は致命的なのに、どうしてこういったことは鋭いんですか?」
「うっせい。一人でいることが多かったから、あれこれ考える時間が人一倍多いだけだよ」
「フフフ、そういうことにしておきますね♪」
リーネの瞳には、ツエルが拗ねる姿が可愛く映っているようだ。
「と、ともかく。今回はそのカミールってやつが"裂け目"の対象で決まりだな。楽勝っぽくて助かるわ」
俺は簡単にケリがつく気がして余裕の表情で答えたが、なぜかリーネは苦笑している。
「それが……もしかしたら一筋縄ではいかないかもしれませんよ」
リーネはノートを閉じて、問題の地点に向かって歩いていく。
「なんでだ?」
俺はリーネの言っていることがよくわからず、首を傾げた。
「彼の現状を町で確認したからです。とにかく、ツエルさんが体験していただければわかりますわ」
リーネは《
そう言われると気になるな。
恐らくその遺跡の在り処が見つかればいいんだから、やっぱり楽勝な気もするが。
まぁ、リーネが確認したんだったら、もしもってことも十分あり得る……か。
ツエルは考え事をしながら、リーネのいる地点まで近寄って腰を下ろした。
そこは、ちょうど掘り起こした一番下の地点(深さ約2メートル)だった。
左手を前に出し、目を瞑って深呼吸をした。
すると、しだいにツエルの髪が逆立ちはじめる。
気が落ち着いたところで、「《
***ナタル王国チャズ砂漠***
「私は……もう諦めようと思う」
意識を取り戻した瞬間、自分ではない声が口から発せられた。
まったく覇気の感じられない、今にも死にそうな声が。
「カミール坊っちゃん、まだ諦めるのは早いです! 調査を始めてから一年ですよ。これから――」
目の前には、髭を生やした白髪の老人が一人いる。どうやら知り合いようだ。
「『祖先が調査したエリアに戻る』と言うのか?」
「そ、それは……」
図星だったようで、老人は押し黙った。
「『文明が栄えたところには必ず大きな川がある』確かにそう言えることもあるが、それは発見した結果を無理やり結び付けたにすぎん。もしかしたら、今はまったくなくても、太古にはあったかもしれんだろ?」
掘った跡の土を触りながら、私は答えた。
もちろん太古となると、これまでの常識がまったく通用しない可能性もある。
だからこそ、私はこれまで信じられてきた説や理論をすべて白紙にして、調査をしてきたのだ。しかし、最初の試しに掘って調査する段階(確認調査)で、何一つ発見できていない。
つまり、そんな現状の私は「あいつは机上の空論を述べているだけだ」と言われても仕方のない、言い返せない立場なのである。
「では、歴代の皆さまは――」
まったく無意味なことを、と老人言いかけそうになったが、ギリギリなんとか飲み込むことに成功した。
「……あの場所を調査地に選ぶには情報が足りなすぎる。無論、私もだがな」
無力感に苛まれながら、自虐的にポツポツと言葉を紡いでいく。
まだ私の父が存命のときは、一緒に作業を手伝ったりした。調査地はこことは真逆の環境であるスカリブ山麓の自然が豊かな場所であった。そこは近くには大きな川もあれば、食料や木材などの資源もすぐに調達できる。
確かに、その辺りから出土品は出るものの、多くは<混沌>初期に勃発した戦争の遺留品がほとんどである。
それでもなぜその場所にこだわったかというと、我が家に伝わる伝記に登場するスカラ王朝に関する記録と、スカリブ山麓の環境が類似していたからだ。
その事実に気付いた三世代前の祖先は調査を開始したが、<混沌>によって世界中が治安が乱れてすぐに、金品を狙った賊によって命を落とした。
父は<混沌>終結後、祖先の無念を晴らすためにすぐに全財産を使う勢いで調査を開始するが、目立った成果も上げることができずに若くして命が尽きた。
当然私は父のこともあって王国から期待されてはいたが、不特定多数の人たちからの誹謗中傷が相次いだ。
それはそうだ。
これまで誰も調査したことのない場所を調査地に選んだのだから。
それに、国から援助を受けながらまったく成果を上げれずにいたのも事実だった。
すると、私と同じ歴史学者のハーデルが持ち前の財力を武器にして、私が雇っていた助手たちを次々に買収していき、父が調査していたスカリブ山周辺の採掘権も奪っていった。しだいに国もハーデルを支援するようになり、資金繰りも厳しくなる。
お金にしても人材にしても、取り返そうにもすでに新しい場所で調査を始めて一年で資金は底を尽いていた。
しかも、奴は国公認の傭兵団を雇っており、ちょっかいをかけようものなら返り討ちにあうのが関の山である。
「我が家に代々受け継がれていた伝記。あれさえ、あの書物さえ残っていれば……」
「若……」
悔やんでも悔やみきれない。
父が生きていた時に何者かに盗まれ、それっきりになっている。
チャズ砂漠を探索しているのは、独自に資料を集めれるだけかき集めて分析して得られた結果を基にして、選定した場所に過ぎない。
実際に、チャズ砂漠をこれまで調査した記録は残っておらず、誰もこの場所に遺跡があるとは信じていないのだ。
私は掘った場所を一つ一つ確かめながら移動していく。
躍起になって一人で文献を読み漁っていたあの三年間。
この場所で、誰にも支持されない発掘調査を始めたときの不安と希望。
どんどん辞めていく作業員が出る度に、「絶対に辞めたことを後悔させてやる!」と思い、奮い立たせてきたときの反骨心。
国からの援助が受けられなくなると知ったときの絶望感。
この場所に改めて立つと、これまでの濃厚な日々が次々にフラッシュバックする。
まるで、走馬灯のように。
「すまんな、ワコル。私のわがままに付き合わせてしまって…」
「いえ。若がいるところが儂のいるところですから」
遺跡には恵まれなかったが、私のことを最後まで信じてくれた者が一人でもいる。
それだけで十分だったのかもしれないな。
すると、どこからか『ピーッリリリリ!』という警報音とともに、周りから足音がたくさん聞こえてきた。
そこには王国の警備隊が100人ほど遺跡の周囲を囲んでおり、その中から警備隊長と思われる人物が一人こちらに向かって歩いてくる。
全員武器を所持していて、敵意をこちらに向けていることから、良いことが起こる気配はまったくしない。
(いよいよ潮時かぁ)
目の前の光景をどこか他人事のように感じ空を見上げていると、空に裂け目が生じていた。
そこから全方位に薄暗い光が差し込んだのを目撃すると、次第に景色が歪んで何も認識できなくなった。
****************
「……さん、ツエルさん!」
「あ、あぁ。リーネか…」
リーネに声をかけられながら体を揺さぶられて、ようやく自分に還ってきた実感が湧いてきた。
「もう、しっかりしてくださいね。ツエルさんの《
リーネがさっきまでの俺の物真似をしてくれているようだが、こんな間抜け面をしていたのか?
見上げている目には何も映っておらず、何も感じることができていないような雰囲気。
まさしく、さっきまでいた世界で俺がなりきっていたあいつと同じなのだろう。
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●
ツエルが使える異能の力の一つで、これから起きるだろう未来の誰かに完全になりきって体験できる能力。
この能力はとても特殊であり、当事者のツエルもまだ扱いきれていないのが現状である。
1. 誰でもなりきれるわけではない。
2. 対象は、"裂け目"が生じる地点で人生の分岐点を迎えるものに限る。
3. 体験できる時間は八分間という制限がある。
4. この時間内の行動次第で、未来が大きく変化する可能性がある。
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この能力は<混沌>後に身に付けたものであり、まったく使えないと思っていた。
なにせ自分のことに関する未来を体験することはできないのだから。
"裂け目"もどこで起こるのかの解明はまだされていないので、リーネと出会うまでは行き当たりばったりで極まれに(一年で三回)出会う程度だった。
それが今では一か月に一度は遭遇するようになった。
途中リーネのお節介焼きがなければもっと出会えるかもしれないのだが……そんなにあくせくすることもないから、今のままで十分だろう。
うん、そういうことにしておこう。
「すまんな」
「いいえ! た、ただ私が心配したかっただけですので。あははは」
ツエルは自分にはどうしようもできないこととはいえ心配をかけたことに謝罪すると、リーネは揉もみ手して照れながら答えた。
「じゃあ、これから任務開始だ。頼りにしてるぜ、リーネ」
俺が右手で握り拳を作って、リーネに向かって突き出す。
「うん、任せて!」
リーネはあたふたしていた表情をパッと笑顔に切り替えて、俺の握り拳に自分の握り拳を合わせてくれた。
(さて、久しぶりにこいつの出番だな)
ツエルは両手に手甲をはめて、心の中でそっと気合を入れた。
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