逸話のあるところに完全無欠の脇役あり〜伝記の裏話知りたくないですか?〜

うめさだ

分かれ道 その1

 晴れた暑い日にはなくてはならないものは何か?


 それは氷である。


 バケツの中に氷を詰め込んで、そこに両足を沈める。

 入れた瞬間から訪れるツ~ンっとくるこの感じ!

 なんて幸せな時間だろう。


 やっぱり氷浴は一気に足を沈めるに限るな。


 はぁ~、このままうたた寝して、

 今日一日過ごせたらどんなにしあ――


「ツエルさん! 今日こそ“裂け目”の予兆を解明しましょー……って、なんでそんなにグッタリしてるんですか?」

「……なんだ、リーネか」

 リーネはノックもなしに、俺が泊まっている宿屋の部屋に突入してきた。

 折角気持ち良い気分に浸っていたのに。


「『なんだ』じゃないですよ、ツエルさん。今度こそツエルさんの頑張りを、みんなに見せしめてやるんですからね!」

 リーネはフンフンッ、と両手でガッツポーズしながら意気込んでいる。


「見せしめてどうするんだよ、ったく」

 言葉の使い方は間違ってはいるが、なぜかリーネの想いはちゃんと伝わってくるからある意味タチが悪い。

 フ〜っと溜め息をついて、俺はバケツから泣く泣く足を出し、極楽タイムを終えることにした。


「さぁ、行きましょう! 今回もワクワク大冒険が、私たちを待ってますよ」

「お〜」

 何も変哲のない町に、果たして大冒険が待っているものなのか?

 リーネにツッコミたくなる衝動をなんとか抑え、俺はのっそりと椅子から立ち上がった。



「それにしても、今日もあち〜な」

 外に出た瞬間眩しさを感じ、日差しを片手で遮ながらツエルはダルそうに呟く。

 ツエルは七部袖のワイシャツに、ハーフパンツという超ラフな格好をしている。

 それに対して、リーネは白のワンピースにつばの長い帽子を被って、外見はとても清楚な感じのお嬢様である。

 そんな二人が今いるのはイースランのレドルという町。人口1,000人程度のごく一般的な住宅街である。観光スポットもなければ有名なお店があるわけでもない。

 周りは山に囲まれていて、今となっては珍しく山には緑が溢れており、林床には綺麗な草花が咲いている。

 なぜ珍しいのかというと、100年前に起きた天変地異の影響で気候が大きく乱れ、これまでその土地で育っていた植物が育たなくなったためである。

 世界中が大飢饉に見舞われ、資源を奪い合う世界規模の戦争が各地で起きた。

 どの地域でも食糧難だったため泥沼化した戦争も、食物の品質改良と<ユッドギメル>と呼ばれる13人の傭兵団によって五年前に沈静化する。

 この95年にわたって続いた世界戦争と、その後の5年は記録がまともに残らないくらいの大混乱だったため、のちに<混沌の100年>と言われるようになる。

 まだ小さな紛争は起きているものの、人々は落ち着きを取り戻しつつある。


 そんな中で、ツエルとリーネはもちろん観光に来たわけではない。

 けれど、アンバランスな二人が街中を歩いている光景を見ても、これから何かが起きそうな雰囲気は一切感じられない。

 二人はこの町で何をしようとしているのだろうか。



 俺の名前はツエル、23歳。

 世界中を旅するさすらいの放浪者。

 というと格好良く聞こえるかもしれないが、簡単に言うと無職の外れ者である。

 人付き合いが超苦手で、出来る限り目立ちたくないように旅を好む。だから、マイペースで、気の向くままに一人旅をしてきた。食や限られた自然を満喫しながら――そう、ニ年前までは。

 ところが、旅の目的ができてしまい・・・・・・、のんびりすることができなくなってしまった。しかも、そもそも達成という概念があるのかどうかもわからない、あてのない旅。

 けれど、恩人からの頼みとあれば、途中で投げ出すわけにもいかず。今では満喫することもなく、用事が済んだらすぐにその土地を旅立つようになった。


 その理由わけは、


「今日のようにこんな天気の良い日は、元気がみなぎってきますね♪」

「そ、そうか?」

「はい!」

 だらしのない俺にいつも元気一杯で付き合ってくれているリーネが、成り行きで一緒に旅することになったからである。


 リーネは元貴族令嬢で15歳。

 白縹で肩まで髪の毛を伸ばしていて、若干パーマがかかっている。

 凛とした美しさよりも、喜色満面が似合う可愛らしさがある容姿端麗の美少女。

 人見知りとは縁がないくらい人当たりが良く、すぐに知らない人とも仲良くなる。

 さらに、家事も一通り卒なくこなすことができるというまさに非の打ち所のない子、なのだが……一つだけツエルが危険視しているリーネの性格がある。

 それは、何事にも猪突猛進で無鉄砲なところ。一度スイッチが入ったら、もう誰にも止められない。

 たとえば、困っている人がいたら黙っていることができず、すかさず助けになろうとする。

 旅の目的に関係ある話ならいざ知らず、どんな案件だろうとお構いなしに引き受けてくる。

 薬草探しや魔獣退治ならまだしも、部屋の大掃除や畑仕事、落とし物探し、門番の代役をこなすこともあった。

 仕事内容に関わらず快く引き受けるリーネの評判は、見た目の可愛らしさによる相乗効果もあって、イースランではリーネの名前は一部のマニアには広わたっているらしい。


 正直面倒なことはしたくない俺が、なんでそれでもリーネと一緒にいるかって?


 惚れてるから?

 それはない。


 じゃあなんで?

 それは……彼女の異能の力に気付き、近寄ってくるやつらからリーネを守るって自分自身に誓ったからだよ。



 ツエルとリーネはしばらく歩いた後、酒場に入った。

 店内にはまだ昼下がりなのもあり、テーブル席に三人組の男女が一組と、カウンターの端にガタイのいい男が一人座っているだけだった。

「ツエルさん、今日もここからスタートするんですね」

 酒場のカウンターに座りながら、リーネはツエルに声を掛ける。


「情報収集っていえば、やっぱり酒場だろ? マスター、二人ともビリッツでお願い」

「かしこまりました」

 執事のように礼儀正しいマスターはグラスを拭くのをやめて、ツエルのオーダーに丁寧に受け答える。


「……お酒も飲めないのに」

「そんな細かいことは気にすんな。ここのビリッツは絶品だからな」

 リーネの冷たい目線を伴うツッコミを、ツエルはサラリと受け流した。

 ちなみに、ビリッツは色んな果物の果汁がたっぷり入っていて、酸っぱさと甘みが絶妙なバランスに混ざり合っているノンアルコールカクテルである。


『それでは、次のニュースです。今回のゲストは、あの幻のスカラ王朝の遺跡を発掘された若き歴史学者カミールさんにお越しいただきました。

 カミールさん本日はよろしくお願いします』

『お呼びいただきありがとうございます。こちらこそよろしくお願いします』


「ん?」と聞いたことのある声がした右手をツエルは振り向くと、リーネもつられて同じ方を見る。

「あ、あの人は」

 ツエルとリーネは、店内に設置されているテレビの映像に注目する。

 そこにはテレビの若手女性キャスターと、きらびやかな服装を着こなして、伊達眼鏡をかけている三十代後半くらいの男が映っていた。


『歴史的快挙から半年が経ち、すでに時の人となったカミールさん。誰もが見つけることは無理、眉唾だと決め込み諦めていたスカラ王朝の遺跡発掘を、今回見事成し遂げられましたね』

『はい。とても名誉なことです』

『そんなカミールさんに是非とも聴きたいことがあります』

 ちなみに、<混沌の100年>を経験した人類はそれぞれの生まれ故郷の歴史を再認識するようになり、現在では世界中で伝記ブームの真っ最中である。


「おっ、またカミールかよ」

「カッコイイわよね、彼」

「ケッ、お高くとまりやがって」

 男二人、女一人のグループが離れたテーブルで話している声が聞こえてくる。


 その間にも、カミールのインタビューは続いている。

『ズバリ、偉業を達成できた要因はなんですか?』

『それは、残り3キュビットを諦めなかったことです。祖先がすでに発掘調査済みとした場所から、3キュビット先に遺跡があったのですから。

 何があっても自分の信じたことを信じ抜く心、それが私を偉業へと導いたのです』

『でも、信じ抜くことは辛いこともあったのでは?』

 力強く答えるカミールに、キャスターはすかさず食いつくように質問する。

『ええ、それはもちろん。何度も諦めかけました。しかし! 祖先から語り継がれたことが正しかったことを証明するのが、私の役割だと確信していたのです。ですから――』


「カミールがいうと、なんか説得力がするぜ。『3キュビットの奇蹟』は伊達じゃないよな」

「けどよ、本当は別の誰か・・・・が遺跡の在り処を助言したって話もあるらしいぜ?」

「そうなの? 単なるやっかみじゃない? はぁ、私もカミールのように注目されたいわ」

 男が話す噂話を女は否定的な感じで受けてとめて、テレビ越しに映るカミールをうっとり見つめる。



「あの男、よく言いますね。あの遺跡はツエルさんのおかげで見つけることができたのに〜。それに、完全に諦めてごねてた人がよくもそんなに堂々と!」

 カミールの発言にリーネは極度に反応し、小声でブツブツ言いながらプンプンっと腕を組んで怒った仕草をしている。


「まぁまぁ。そういうなよ、リーネ。それに、あの場所を特定したのはお前の手柄だ」

「エヘヘ。リーネ、ツエルの役に立ってる?」

「あぁ(ものすごくな)」

 ツエルはリーネの頭をポンポンっと手で軽く叩くと、リーネは途端に機嫌が良くなり猫のように嬉しそうにじゃれてきた。


 実際にお手柄はリーネだろうとツエルは考えている。

 リーネの異能の力『天地』による、“裂け目”の発生座標を予知する《岐路を見極める瞳アル・メド・エリル》がなければ、遺跡の在り処は判明しなかったのだから。

 でも、なぜリーネがツエルにも手柄があると言うのかというと、それには別の・・理由がある。


 ツエルはリーネの髪を撫でながら、ふと任務が完了したあとはいつもリーネとこんなやりとりをしてる気がした。

 ご機嫌なリーネと、噂話に花を咲かせている三人。そして、堂々と自分の功績を主張しているカミールを見比べ、そっとため息をつく。

(なんでみんなそんなに目立ちたいんだろう)


 俺は目の前の光景を冷めた目で見ているうちに、半年前に起きた『3キュビットの奇蹟』の出来事がフラッシュバックした。




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●キュビット

 長さの単位。1キュビットは44センチに相当する。


●裂け目

 次元の裂け目が生じるところで、人は今後の人生を大きく左右する岐路に巡りあうと言われている。

 しかし、いまだかつて裂け目を肉眼で見た者はおらず、『100年前に起きた天変地異によって、裂け目の発生が頻発している』と学者が推測しているだけである。


●異能

 常人には特殊な能力やスキル。

 突如として起きた天変地異後から、異能の力に目覚めるものが現れだした。

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