アングラカーニヴァル

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 『この世界で恩恵が与えられない人は人とも認められない』と偉い人は言った。それでも僕は恩恵を授かる事によって『人とは呼ばれないもの』になってしまう事もあると言いたい。


 『お前を人と呼べるものか』


 そう告げられたのもずっと昔の話だし、顔もどんなだったか覚えていない。それでも言った相手が親だったのだけはずっと覚えている。親とは子供に無償の愛と庇護を抱くものだとばかり思っていただろう幼い自分を暗くさせるには十分だった。そのおかげなのかその後の人生で他人に過度な期待をすることを辞めた僕は立派な根暗へと順調に育った。


 「おはようおじさん」

 「おう、お前は相変わらず暗いなー。今日は何買っていくんだ?」


 開口一番に不躾な言葉を投げかけられるのには慣れた。手の中の硬貨が汗で嫌な感じだ。


 「……今日のおすすめなんですか?」

 「今日は特にいいものっていうのは無いな。いつも通り赤い実ならそれなりに揃ってるぜ」


 このおじさんのいい所は口も態度も悪いが嘘は言わない素直な人だ。おかげでいい品物が買える。だからと言って吹っ掛けない訳ではないので注意する必要があるけど基本はいい人だ。


 「じゃあいつものやつとそこの青い実の干したやつください」 

 「はいよ」


 てきぱきと青い実と赤い実を袋に詰めるおじさん。


 「おまけで赤い実の干したやつ少し入れといたから爺さんによろしくな」

 「ありがとうございます」

 「そういえば珍しくお前以外で青い実買っていった奴いたな」

 「……珍しいですね」


 青い実自体は珍しくないしどこの場所でも流通している品物だ。ただしそれを買っていく人は非常に珍しい。特に田舎の半分スラムに近いこの辺りでは食べ物を買うお金にすら困っている人ばかりだ。それなのに普通の人が『不要』なものをわざわざ買う馬鹿なんて僕くらいだろう。


 「どうも旅人だか冒険者だか知らんが怪しそうな男前だったな」

 「男前ですか……」


 この辺りで男前がうろついている話を今日はよく聞く。先ほど寄った肉屋の人も凄くかっこいい人がさっきまでいたと興奮していた。


 「この辺りでは見たことないくらいに小綺麗な男前だったぞ。お前さんももう少し小綺麗にすれば負けないんだがなぁ」

 「はぁ……、どうも」


 喜んでいいのか怒った方がいいのかいまいちわからない。自分の容姿を褒められたところで世事にしか聞こえない。本当の自分を知ったら誰だって僕を化け物だと言うだろうに。


 「爺ちゃんただいま」


 返事の返ってこない帰宅の挨拶にはもうだいぶ慣れた。祖父が昼間に起きているのは記憶する限りだと三年ほど前の冬の時期だろう。体力も無いせいか食べる量もかなり減った。擦った赤い実を半分も食べれたら多い方だろう。


 「これどうしよう」


 買ったものを定位置に片付けながら袋に余った干した赤い実に困っていた。ギフトと呼ばれる恩恵を授かった普通の人ならなんてことない赤い実。けれど僕は食べれないので困っている。『食べない』と言った方が正しいが。


 ''普通の恩恵''俗に呼ばれてる『ギフト』には大なり小なり代償があり、赤い実は代償を緩和できる唯一のもの。つまりは誰もが必要としているものだ。赤い実を食べなければ死んでしまうと言ってもいい。''代償''所謂『アンチギフト』は精神的に作用するものが多く、それに耐えられず自ら命を絶つ者が殆どだ。


 「しょうがない、面倒だけど夜にこっそり食べるか」


 食べ物を粗末にできるほど金銭的余裕がないので仕方がない。

 日が沈み、外が静かになった。擦った赤い実を食べやすいように蜂蜜湯と混ぜる。


 「爺ちゃんご飯だよ」


 真っ暗な部屋にご飯とランプを抱え入る。ぼうと天井を見つめる祖父が眩しそうにゆったりとこちらを見る。


 「おはようガブリエル」


 しわがれた挨拶は起きたばかりで喉が渇いているからだろう、痛そうに聞こえる。祖父の周りをほのかに照らすランプをベット横の棚に置いて起き上がるのを手伝う。


 「今日は天気が良かったよ、それに肉屋の人が男前の旅人に興奮して凄かった」

 「そうか」


 その日がどんなだったかを話すのがこの時間の決まりだ。そして食べ終わってまた眠りにつくまでの間に祖父の昔話や、おとぎ話を聞きながら眠るのを見届ける。


 「今日は昔の国についてにしよう」


 そう言いながら祖父は目を閉じ、ぽつりぽつりと話し始めた。


 『この国がまだ争いもなく、飢える民が今よりも格段に少なかった昔の話。その国をアルベルト国という。そしてアルベルト国は十五年前の内戦によって今の王権にすげ変わったのだ。初代アルベルト王はエデンの園の知恵の実を天空城に住まう神から授かり大きな木を実らせた。それには透き通って陽の光に当たるときらきらとさせる無色透明なたった一つだけの実がなりそれを食した事ことからアルベルト国は始まる。

 たった一つの実を食したアルベルト王は次の瞬間、自ら発した言葉が現実に起こったのだ。貧しい生まれで食べるものにも困っていたアルベルト王は沢山の果実が欲しいと願った。すると目の前に突如と美味しそうで新鮮な果実が現れた。驚いたアルベルト王は腰を抜かしたが美味しそうな果実を目の前にして空腹に耐えられずに食べてしまう。驚いたことに幻覚でも虚像でもなければ本物の果実だったのだ。

 それからのアルベルト王はもの凄かった。己の発する言葉が現実になると分かったからにはこの国をどうにかしようと考え、王にまで上り詰めたのだ。民が飢えることなく貧しい思いをしないように必死に頑張った。けれどもいつしか王は考えるようになってしまった。本当にこれでいいのかと。何でも自分の思い通りになっていたが為に自分の判断に不安を抱くようになってしまっていた。己の言葉が相手の本当の気持ちを消しているのではないのか、そんな不安に心を病んでしまった王はとうとう死んでしまった。

 それからが面白い。亡くなった王が埋葬されると世にも不思議なことが起こる。生前の王は不思議な力を与えたあの実を再び欲したが己の力をもってしても現れなかった。ところが埋葬された地から一本だけ木が育ち始めたのだ。そして王の子供が王が力を得た歳になった頃それは実った。一つの木にたった一つだけの美しい実。新たな王はその実を口にして新たな力を得たという……』


 段々と話が途切れていき、最後は眠りにつく祖父。


 「おやすみ爺ちゃん」


 辛うじて照らすランプを持って部屋を後にした。

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アングラカーニヴァル @SabaO_misokan

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