第15話 唯ちゃんと会話(橋野真一に視点戻り)

 俺はいま公園のベンチに座っている。隣にはおそらく誰が見ても美少女と言うであろうポニーテールの女の子がいる。


 その子は中学三年の頃俺と付き合っていた女の子で名前は唯ちゃん。


 周囲から見ると俺たちは恋人に見えるのだろうか?


 それは全力で遠慮したい。


「……ねぇ、聞いてる?」


「うん、聞いてる」


 唯ちゃんの話は正直退屈だった。


 中学時代のそんなに親しくなかった友だちの誰と誰が付き合ってるとか別れたとか、俺にはどうでもいい話を延々としている。


「ところでさ、話ってなに? まさかとは思うけど、友達の話?」


「それは違うけど……」


「じゃあ何?」


 唯ちゃんが俺に何を話したいのか分かっているつもりだ。それは俺からではなく本人の口から言ってもらいたい。


「あ、さっきのバトンの練習って運動会のリレーの練習?」


「うん、そうだよ」


 肝心な話をしない唯ちゃん。仕方いない、もうしばらく付き合うかな。


 それにしても腹減ったなぁ。唯ちゃんが現れなければ、今頃美味しいハンバーガーを食べていたのになぁ。


 少し離れた場所でベンチに座りハンバーガを食べているカップルがいる。羨ましい。


「しんちゃんは陸上続けているの?」


「いや、やってない。高校では勉強頑張ろうと思ってさ。受験で苦労したしね」


「へぇ〜。勉強頑張ってるんだね。しんちゃんの成績は下から数えた方が早かったもんね」


「そう。だけど今は違うよ。上から数えた方が早かったりする」


「ホントに! しんちゃんすご〜い」


 とは言ってもクラスで、だけどさ。ちなみに司や立花さんは学年でトップテンに入る。俺ももっと頑張らないとね。


「唯ちゃんは陸上続けてる?」


 唯ちゃんも中学の部活は俺と同じ陸上短距離だった。


「私もやってないよ」


「そっか。唯ちゃんも勉強でやめたの?」


「違うよ。あのね……私、全力疾走できない体になったの……だからやめたの」


 遠くを見ながら唯ちゃんは言った。


 全力疾走できない体? え? それって、アキレス腱やったとか、腰痛めたとか、まさか肺を患ったとか……心臓に何か重大な問題でも見つかったとか。


 唯ちゃんの外見は変わってない。おそらく内面的なものなのだろう。 


 きっとそうだ。だから俺に会いたかったのか? 重い病気なのか? 今日でお別れってやつなのか?


 俺は目の前にいる唯ちゃん事が心配になってきた。


「あのさ……その……走れなくなった理由って何? い、いや、言いたくなければ別にいいんだ」


「心配してくれてるの? ありがと」


 切ない表情の唯ちゃん。やっぱり何か病気なんだ。


「あのね……私ね……」


「うん」


 真剣な眼差しで俺を見る唯ちゃん。俺の心が張り裂けそうになる。


「全力で走ると……おっぱいがバルンバルンゆれるの」


「……はい? ゆれる……おっぱい?」


「うん。部活を引退してからもともと大きかったおっぱいがさらに大きくなってね。走ると上下運動がすごくて、だから陸上はやめました」


 可愛くニコッと微笑む唯ちゃん。


 ……おい、ちょっと待て。確かに唯ちゃんのおっぱいはデカイ。バルンバルンゆれるのも分かる。


 だけどホントにそれが理由なのか。


「全力で走れないのは病気とかじゃなくて?」


「うん。私は元気だよ。どこも悪くないよ」


「マジか……」


「マジです」


 俺は頭を抱えた。


「心配して損した」


「勘違いしたのはしんちゃんだよ〜」


 いやいやいや。唯ちゃん、あなた勘違いする表情や仕草してたよね? まぁ、勘違いした俺が悪いと言えば悪いけど。


「そうだね、俺の勘違いだね、はは……と言うかさ、それにどう反応すればいいんだ? めっちゃ困るんだけど」


「あはっ。しんちゃん照れてる〜。かわいい」


 かわいいって言われても全然嬉しくない。


「話ってそれ? よし、帰るか」


「待って待って待って。もう、しんちゃんの照れ屋さん。逃げないでよ〜」


「別に照れてないし。逃げてないし」


「うっそだぁ。しんちゃん私と一度も手を繋いだことないんだよ。恥ずかしがり屋さんなのは確定してるよ〜。免疫無さすぎ〜」


 ぐぬぬ……正解だ。好きな子と手を繋ぐとか無理だろ。タイミングとか分かるか!


 今は唯ちゃんを好きでもなんでもないから普通に話ができるんだよ!


「ふふ、やっぱりしんちゃんと話するのは楽しいな。気負わなくていいよね。自然体でいられるよ〜」


「それで俺と付き合って、それが理由で別れたよね。『ドキドキする恋がしたいから別れる』って言ってさ」


 唯ちゃんから告白されて付き合い、そして唯ちゃんから別れようと言われ俺たちは別れた。


「あの頃は私も子供だったなぁ。しんちゃんゴメンね」


 可愛く謝ってもダメです。と言いたいけど、当時の俺も悪いことはある。


「いいよ。俺もあの頃はガキだったから唯ちゃんに何もしてなかったしね。ドキドキもしないよね。今もガキだけどさ」


「しんちゃん優しいね。ありがと」


 お礼を言われるとは思わなかった。どちらかと言えば俺の方が悪いのに。


「あのね、しんちゃん」


「なに?」


 俺を見つめる唯ちゃん。可愛い。可愛すぎる。この子を可愛いと思わない人はいないだろうな。


「私たちやり直せないかな。もう一度恋人になれないかな」

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