最終日
朝、葬儀のためにも皆が早く起床した。
昨晩の寒さを乗り越えて、清々しい青空に暖かな風が流れる。
「事件を終わらせなければ」
□□□
俺は殺人現場の部屋に皆を集め、その扉を閉めた。
「それでは事件の説明をしたいんだが、その前に一つ確認がある」
「改まってなんでしょう」
「ここにいる
「そんなの当然じゃない?」
「なら、詳細を省いて語っていこう。皆の話を聞いて、仮説を建てるとこうなる」
殺人は真夜中に行われた。
皆が寝静まった頃、犯人はベッドから出て、一階へと向かった。
そこでダイアンと出会い、「自分は喉が渇いたから起きた」という証言を作る。
次に御者の部屋に入ると彼を殺害。
このときに、俺とエイラは大きな音がこの部屋から鳴るのを聴いた。
それは恐らく、彼が首を切断する際に、喉へ切り口を入れようと短剣を叩きつけた音だ。
ここで俺はベッドから出なかったが、気になったエイラが部屋へ近づく。
廊下の足音は部屋からでも聞こえた。
それに気付いた犯人は、咄嗟にベッドの下か、あるいは扉の陰にでも隠れた。
幸い、明かりのない夜の室内は暗闇そのものだ。
エイラは異常に気付かず、そのまま自室へ帰った。
「確かに全員の証言には沿っているな。変な矛盾もない」
「いや、ちょっと待ってくれんかのお。それだと……」
そして最後に後処理を終えた。
物取りの犯行と見せるため、御者の荷物を自分の鞄に入れた。
元々カバンには聖水の瓶や薬草が入っていたが、ベルナさんに聖水を譲り、更には薬草もお茶に使うことで消費した。
単純に考えて6人分の茶を作るだけで、カバンには空っぽになるだろう。
そして空いた鞄に一時的に盗んだものを隠し、次の日にどこかに捨ててしまう。
これで物取りが寝込みを襲って逃げ去ったという物語が作れるわけだ。
「ねえ、待ってちょうだい。それだと」
夜のうちにものを捨てなかったのは、ダイアンがいたせいだろう。
ともかく犯行を終えた犯人は、何食わぬ顔でベッドに戻った。俺の眠るベッドに。
「つまり、貴方が言ってるのって……」
「そうだな、犯人はルフレということだ」
皆の目線が一点に集中する。
その先で、ルフレは顔を引きつらせていた。
「ちょっと待って下さい。突然そんなに色々と言われても、納得できませんよ」
「確かにな。もしかすると『水が飲みたい』と一階に降りたのも、聖水や薬草を調理場に捨てにいくための方便だったのかもしれない。あるいは、厨房のどこかに鞄に入りきらなかった御者の荷物を隠すためかもしれない。ああそうか、だから今日の昼に調理を引き受けてたのか。そして調理場に一人で戻り、悠々と隠した荷物を取り、食材採集といって外にでて山のどこかに捨てればそれで証拠隠滅できるもんな」
「誰もそんな理屈なんか聞いてませんよ!! 返り血を浴びた僕を目撃したのならともかく、でたらめな憶測は今すぐやめてください。大体そんな理屈が通ったところで、真実かどうかはまた別ですッ」
「確かにのお、現場じゃとシーツが染まるくらい血が溢れていはいたが、それ以外の血痕はどこにもなかった。筋は合っても根拠がなけりゃあいかんな」
「ルフレは短剣の上に、御者の荷物を包んでいた布を載せて、血の飛沫が飛ぶのを防いだ。そして荷物ごと、人に見つからないように処分した。こうすれば、俺たちに強盗という疑念を植え付けられる。そして処分はさっき言った通り簡単だ。あの夜は皆疲れていて早々に寝入ってたし、一階にいたダイアンもルフレと入れ替わるように外へ出てしまっている。昨日だって、エイラのように一人きりになろうと遠くへ行ったところで、用がなければ誰も気にも留めなかったしな」
「言いがかりです。例え僕に犯行ができたとして、何なんです? 可能かどうかと、本当に実行したのかどうかは別物です。大体、僕たち3人なら魔法を使って殺人くらいどうとでもできる」
「勘違いしているようだが、別にここは審判の場じゃないんだ。今のは魔法を使わず人を殺せるとい理屈の一つだ。どうやって殺したか、詳細に突き止める必要はない。けれど、なぜ御者の老人は殺されたかを考えると、犯人はお前しかいなくなるんだよ、ルフレ」
「なら言ってみて下さいよ!! 金ですか、復讐ですか。どんな理由があって、僕が人を殺すのですか!!」
「それを明らかにするために、皆には今一度、遺体の前に集まってもらいたい」
遺体は布に包まれながら、いまだベッドに横たわっていた。
ダイアンたち回復術士は不浄や腐敗を抑える魔法も覚えているから、死後一日経ったはずの身体も殆ど変化はないように管理されていた。
本来なら納棺もするのだが、この山奥にそんな準備はないため、このまま寝かせてある。
「さて、彼の死因は、首を切断されたからに他ならない。いや、先に毒や魔法で殺してから、確実にとどめを刺すために切ったのかもしれないが、ともかく首が切られて血が流れているのだから、死んでいるはずなのは一目瞭然だ」
「まあ、そうだな。アンデッドでもない限り、首を切られたら生き物は生きちゃいないだろうよ」
「それが犯人の狙いだったんだ」
俺は遺体に近寄り、その首の傷を晒さないよう気を付けながら、胸から下の布を捲り上げた。
老夫は、獣に襲われたままの服であり、その血の跡で服が黒ずんでいる。
「例えば、一見して体に致命傷がなければ、何が原因で死んだのか人は調べるはずだ。あるいは、まだ助かる見込みがないかと、ダイアンのように蘇生魔法をかけようとしたり、なんとか蘇生を試みようと身体に触れる。だからこそ、瞬時に死んでいると分かれば、人はそれ以上何もしないのだ」
「……何が言いたいんです?」
俺は御者の上着をめくった。
獣に襲われたにしては、骨の浮き出た身体があるのみで、腹も胸も他の外傷はみられない。
回復魔法をかけたためだ。
「さて、俺と回復術士の3人はこの老人が魔獣に襲われたとき、彼を助けようと回復魔法をかけた。ただし、戦争帰りで魔力も少なかったから、それぞれが部位を分担して魔法をかけたことは記憶にあるだろう?」
「…そうね。私が胸部から上、ダイアンが腹部、ルフレが下半身を治癒したはずよ」
「そうだ。回復魔法は完璧だった。今見ても傷跡が残っていない」
俺は遺体を覆う布を全て床に落とし、遺体のズボンの裾を握った。
そのまま上の方まで、引き上げる。
「そしてこれが、お前が老人を殺さなくてはいけなかった理由だろ」
露になったのは老人の脚。
そこには、存在していてはいけないもの。
ルフレの回復魔法により治癒されたはずの場所には、魔獣に付けられた傷跡がいまだ深々と残っていた。
「ルフレ、お前はあのとき、老人の傷を治せなかった。なにしろ、回復術士を名乗りながら、回復魔法を使えなかったんだからな」
一同がざわつく。
肝心のルフレは、拳を震わせて俺をにらみつけるばかりだ。
「ちょ、ちょっと待て!! ルフレが回復魔法を使えないとは、どういうことだ!? 彼は戦場で兵士の治癒に当たっていただろ!」
「ああ、彼の治療の様子は俺も見ていた。聖水や薬草を用いながらだったがな。だから例えば、傷のない場所に血糊を塗っておき、それを聖水で流せば傷が治ったように見える。薬草で痛みを和らげれば、治癒せずとも魔法が聞いていると錯覚する。まるで本当に回復魔法を使ったようにふるまえる」
「なんじゃと……つまり、このルフレという若者は、まさかずっと回復術士だと偽ってきたとでもいうのか!」
「そ、そうだ。この傷だけでそんな極論を出すのもどうなんだ。この傷だって、今回は魔力不足だっただけで……」
「ダイアン、それなら正直に『魔力不足です』と言えばよかったんだ。あの緊急時に魔力がなくても誰も責める人はいなかった。けれどルフレは、治療できないことを隠し、更には治療ができましたと嘘の発言をもした。治療できないことを、彼はおもわず隠してしまったんだ。日頃、回復術士であると偽っていた反動でな」
この時点では、例えルフレが治療できなくても構わなかった。
老爺は意識不明になるほど衰弱しており、このまま亡くなってしまったとしても、傷跡を調査されるような問題は起こらなかっただろう。
けれど、この山小屋を見つけてしまい、老爺はもしかすると助かる可能性が出てきてしまった。
生存が長引けば長引くほど、脚の怪我は隠し通せないし、もし彼が意識を取り戻した場合、それに気づかないわけはない。
そして、もし回復魔法が使えないと露見すれば、それは彼の回復術士としてのキャリアが崩れ去ることになる。
「だから彼は、確実に『自分が回復魔法が使えないことに気づかせないまま』彼を死なせる必要があった。その結果がこの殺人手段となった。首が切られていれば、他の死因は疑わない。殺人の動機に気づかせなければ、死にかけの御者を殺す不可解さを、誰も物取り以外の理由で思いつけない。なあ、ルフレ。これなら証拠もあって筋の通った理屈だと思わないか」
俺は改めてルフレを見つめた。
彼は血管を額に浮かび上がらせ、人が変わったように怒鳴りつける。
「ふざけるな!! どれだけ人を馬鹿にすれば気が済むんです!! 傷が癒えてない程度で、回復術士でない、更には殺人犯? 意味が分からない。一緒に寝たというのに、貴方がこんな人だとは思わなかった!!」
「その言い方は誤解を招くが……そりゃそうだよな。お前が回復術士としてやってきたことが嘘だとか、そんな人生を否定するようなことを言われちゃその怒りも当然だ。けれど、俺もその覚悟を持って犯人を追い詰めている」
もし俺が糾弾される立場なら、同じく反発しただろう。
けれど、人の死が掛かっている以上、俺もここで引くわけにはいかない。
「だったら、俺もこれくらいの賭けをしてやる!!」
俺は取り出したのは、老人の首を切ったダガーナイフ。
その刃を上腕の内に当て、勢いよく皮膚を裂いた。
「グウウウゥ!!」
噴水のように溢れ出す血。
当然に痛みは脳に響き、視界も足も揺れ動く。
「さあッ!! これがお前が俺の話を覆す番だ!! お前が回復術士かどうか証明して見せろ!! でないと、俺はこのまま死ぬぞ!!」
「なぁ!?」
俺は足に力を入れ、意識ある限りルフレを睨み続ける。額の汗が目に入ろうとも。
「1日休んどいて魔力が足りないとか抜かすなよ!? さっさと回復して無実を証明して見せろ!!」
10秒、20秒。
ルフレの反応はない。
そこで俺は更に言葉を重ねようとするが。
「……カッ、……アッ」
しまった。
急激に血を失いすぎたか。声を出そうにも喉に力が入らない。
そんな俺の容体に気づかず、周囲はルフレの出方を見守るばかり。
前後不覚、気づけば身体が横に揺れ、そのまま倒れ…
「バカね、これ以上死人を増やしてどうするの」
床にぶつかるはずの上半身を、支えてくれたのはエイラだった。
「全く……『
気分がスッと楽になっていく。
これが回復魔法か、自分が受けるのは初めてだ。
まだ焦点の定まらぬ目で腕を見れば、傷口に光が集まり、脈動が遅くなり、裂けた皮膚が縫われたように塞がっていった。
(ああ、楽になったよ。ありがとう)
「口をパクパクされても、声出てないわよ」
「……ゴホン、ゴホン、あ゛、ありがとう」
死を目前にしたせいか、喉がキュッと締まっていたらしい。
二度とこんなことはしないほうが良いな。
ともかく、だ。
「ルフレ、折角疑いを晴らす機会だったのに、どうして何もしなかった? ……いや、もうその顔を見る限り、聞くまでもないよな」
焦るでも怒るでもなく。
ただ肩の力を抜いて、眉をひそめて、ルフレは微笑を浮かべていた。
一人一人と目を合わし、溜め息を吐くように口を開いた。
「そう……ですね。皆さんも……これで僕を犯人だと認めてるようです。もう誤魔化せませんね」
「い、いや話があるなら俺は聞くぞ!! 本当にお前が、この人を殺したのか? そんなわけないと言ってくれれば…」
「ダイアン、ありがとうございます。でも良いんです、これでもう嘘を吐き続けなくて済むと思うと、むしろ気が楽になりましたし」
そして遺体のあるベッド端に座り込み、両手を組んで天井を眺めた。
「言い訳をしますとね、僕は回復術士に被害を被ったんですよ。田舎で薬術や呪いで人々を治していた僕の家系は、ただ一度呪文を唱えるだけで何でも治してみせる回復術士が村に来てから仕事が奪われました」
薬草に詳しいといったあの話は本当だったのか。
確かに今、医療といえば回復魔法というくらいどこの場所でも席巻している。
そして回復魔法を使えないルフレは、競合する土俵にすら立てなかったのだろう。
「のみならず、彼らは僕ら一族が積み重ねた知識と技術を異端だの誤ちだのと一方的に罵倒しました。祖母を悪の魔女だのと呼んでるのを何度聞かされたことか」
「だから僕は回復術士が憎くて憎くて仕方なかったんです。けどまあ、彼らが儲かっている姿を見て、生き残るためには彼らのフリをすれば楽なんだと思いつきました」
「楽っていうのは…」
「貴方も戦場での回復術士がどう見られているか見たでしょう? 回復魔法が使うだけで、高額な報酬も貰えて、ああやって天使か何かのように崇められる存在になれる」
「……」
俺自身、彼らをそう見ていたため何も反論できない。
生死のかかった場面で命を救う奇跡を見てしまえば、嫌でも尊敬してしまうものなのだ。
「あとは彼の想像通りです。戦争に出ては、数人を魔法で治したフリをして、後は僕が以前から学んでいた聖水と薬草で治療してやれば良い。特に死にかけの兵士につけば、回復魔法を使おうが使わまいが、結果は変わらないので誤魔化せるわけです。なので今回の彼もつい同じ手を使ったのですが……失敗でしたね」
彼には彼なりの理由があって人を殺した。
それは戦争で多くの人間が命を奪い合ってきた自分たちからすれば、人を殺してはならないなどという倫理を言えることはない。
ただ、言えることがあるとすれば
それでも、罪は罪なのだ。
「でも、これで良かったのかもしれませんんえ。これでようやく僕は、僕の人生を奪った神に仕える恰好をしなくて良くなったのですから」
□□□
あれから、ルフレは従来の法律の通り捕まった。
翌日日に山道を通りがかった馬車に事情を説明し、駐屯所まで彼を輸送した。
暴れることもせず、ルフレは街に着くと同時に大人しく兵士に護送されていった。
けれどそれは、彼と交わした条件のためだ。
『大人しく逮捕され、二度と回復術士として活動するな。そうすれば、回復術士と詐称していたことは黙ってやる』
「まさかあの嘘を黙ってあげるとはね。別に私たちが損をするわけじゃないから、別にいいけど」
エイラと久しぶりの街を歩きつつ雑談を交わす。
ピンクの髪を左右で三つ編みにし、青色の視線は店の商品に端から端へと忙しなく動いている。
「別に俺たちは正義の執行官じゃない。今回アイツが行ったのは、殺人の罪だけさ」
それ以上に罪を重ねると縛り首になってしまうかもしれないし。
彼も罪を犯した以上、もう回復術士として活動するのは難しいだろう。
元々悪い人間ではないのだから、せめて罰を受けて反省してくれれば良いのだが。
「というか、エイラはいつまで俺と一緒にいるんだ? 用事を手伝うとはいったけど、関係ない食事や買い物ばかりじゃないか」
そのせいで俺は帰郷早々に荷物持ちだ。
先日あったばかりのエルフに、まるで体のいい召使いのような扱いに不満を募らせる。
少女の身長の低さもあり、わがままな娘を世話を焼かされるお父さんの気分だ。
なぜか俺の服も買わされてるし。
「なに言ってるの、これも重要なことよ? 今日一日を通して、あなたとの相性を確認してるの。今のところは悪くないわね」
相性ってなんだ。
「あら、あなたが言ったんじゃない。『もし事件が解決したら、俺のことを『旦那様』とでも呼んで貰おう』、って」
「うん? 言ったけど」
「だから丁度良かったわ〜! 私もそろそろ結婚して、旦那と呼べる人が欲しかったの! 回復術士として活動しすぎて、気づいたら行き遅れてて焦ってたところだったのよ」
「は?」
「昔付き合ったこともあったけど、『戦場に行ってばかりで死にそうな女性と結婚できない』『君の理解を置き去りにする性格についていけない』『そもそもエルフってことは外見に対して年齢やばいじゃん』とかですぐに別れを切り出されちゃったし」
「いやちょっと」
「あと、私より年収低い人も嫌だったのよね。その点貴方は私くらい稼いでるのも知ってるし、安心だわ」
「だから」
「ほら、そんな立ち止まってないで、早くついてきなさい。今日はまだまだこれからよ、旦那様!」
嬉しそうにはしゃぐ彼女を前に、俺は空を見上げた。
どうやら俺は、また気づけば厄介ごとに巻き込まれてしまっていたらしい。
こういう時こそ、夜はハーブティーでも飲んで頭を休めたくなる。
しばらくは、彼から貰った薬草に頼るとしよう。
風が吹き、今日も俺は波乱の待つ日々の一歩を歩んだのだった。
回復魔法殺人事件【異世界ミステリ短編】 イルスバアン @Ilusubaan
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