第47話

〈伊織視点〉






「・・・明日で終わり…か…」





最後の閉店作業をしながら

顔をあげて入り口からカウセリングルーム…

施術部屋へと続く通路を見て

移転してからの記憶を振り返った…






(・・・・長かった…)






22歳で職業訓練校のエステ科に

ただ…なんとなく入って…

楽しいと感じて、23歳で今の会社に入社して…

6年間勤めて店長としてはこの新店舗での

一年と少しの短い期間だったのに…

とても長く感じた…





私が誕生日を優君と過ごしていたあの日

山ちゃんと他のスタッフ皆んなで辞表を出し

社長と一悶着あったらしく…



結果山ちゃん達の方の言い分が通り

このサロンは来月いっぱいで閉店する事になった





契約途中のお客様達にはお詫びと契約解除の

連絡をしていて…

私の売り上げの穴埋め分もセット購入の分も

含めてある程度返金される事になった…





「・・・副店長のお陰だね…」





本来、店長としての器だったのは山ちゃんだろう…

私は自分一人で底いっぱいだったのに

色々と調べてから社長に言いに行ったみたいだし…





「・・・・・・・・・・」





BGMの有線音楽も消えた店内は無音で

同じ階に入っているテナントの方からたまに

声が聞こえてくる…





誰もいない…誰にも聞こえないその場所で

「辛かった」と初めて口からでた…




(・・・あたし…頑張った…よね? )





そう思った瞬間ポケットに入れてあるスマホが

メッセージの通知音を知らせ…






【今仕事が終わった、伊織は?】






と優君から送られてきた

メッセージを読みながら「ふっ…」と笑いがでた






画面左上の時計は20時半前をさしていて

18時前に定時勤務を終える彼がこんなに残るのは

珍しい事だと前に山ちゃんから聞いた…






以前私が言った、勝手に待たれるのが

嫌だと言った事を気にして

今終わった風を装って連絡してくる彼に

申し訳ないと思う反面、可愛くも思った…






きっと近くで待っているであろう彼に


【もうすぐ終わるから、待っててくれる?】


と送り止まったままの作業を再開させた







明日は仕事後早番で上がる山ちゃんと二人で

久しぶりにちゃんと飲みにいく…




だから遅番で閉店作業をして

一人で帰るのは今日が最後だった…




多分この仕事を辞めると

1番実感する日は今日のはずだ…




それを分かってなのか、たまたまなのか…

エレベーターの下で「お疲れ様」と言う彼は

どこまでも〝王子様〟だった…





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