第37話

〈伊織視点〉







連勤も終わり明日の休みを思うと

帰宅する足取りも軽くなる




 

駅の改札を抜けてから何か買って帰ろかと思い

いつものスーパーに寄ろうかと考えて足を止めた…





(・・・・・・・・・)





いつものスーパーでは優君に

会いそうな気がして行くのを迷い

少し値段が上がるが駅の1階にある

スーパーで買い物を済ませる事にした…





「・・・お肉や野菜は高いけど

  調味料系はコッチの方が安いんだ…」





スーパーを梯子するのは面倒だけど

10日後にはプー太郎になるし

贅沢はできないからなと思い

他にも見落としてた物はないか

店内をゆっくり歩いて見て回った





「へぇー・・こんなのもあるんだ!!」





いつも行くスーパーとは違って

レトルトカレーの御当地シリーズが

沢山置いてあって思わず手に取って見てしまった





値段を見て絶句したが

なんだかいいお肉を使っていたり

変わった見た目の物もあるから

きっと美味しいんだろうと思い

1つ購入してみようと1個、1個を手に取って

説明書きを読んでいった





( 明日位贅沢してもいいよね? )





明日は…29歳の誕生日だった…

優君から休み希望を出して欲しいと

言われてとった希望休で

本来ならもう必要もないんだけど

山ちゃんには彼とはダメになった事を

まだ話せていなくて…

折角だからそのまま休む事にした





( ・・・ハローワークにも行きたいしなぁ … )





辞表も出してどこかスッキリした部分もあるし

何よりも今回の件で早まった婚活をするのは

自分はもちろん…相手にも失礼だと分かり

焦らずゆっくり見つければいいのかなと思った…






(30代後半の初産も珍しくないって言ってたし…)






不思議だな…

優君とはダメになっちゃったけど

彼の手を握らなかったら

辞表を出す勇気もきっとなく

一ヶ月後も半年後もずっと

あのサロンにいただろう…





あの時…

彼の手を握ったのは

正解だったのかもしれない…





イマイチ、(これだ!)と思える商品がなく

明日は別の贅沢でもしようかなと思い

体を反転させると…







「・・!?・・」






ユウ「・・・・また買わないのか?」







買い物袋を手に下げた優君が立っていて

彼はいつものからかう感じで笑ったりもせず

ただ、淡々とそう問いかけてきた…





「・・・・・・・・」






〝また〟と言うことは少なからず私がこの棚で

20分ほど近く悩んでいる姿を見ていたんだろう…





(なんでいつも恥ずかしい所見られるの…)





気まずさと恥ずかしさで優君の顔を見れずに

微妙に視線を逸らしながら彼を見た…





彼の左手には

このお店の買い物袋が握られていて

彼も私を避けてココで買い物をしたんだと分かり

きっと彼も同じように理解しただろう…





優君の顔を見るのは4日ぶりで

今まで会った中でも1番冷たい印象だった…







ユウ「・・・渡したい物がある…」





「・・・えっ?」






そう言うと鞄から長方形の何かを取り出して

私に差し出してきて、躊躇いながらも…

優君の真顔の圧に耐えきれず

手を伸ばしてソレを受け取った





コンビニの名前が印字された封筒の中を覗けば

映画のチケットが2枚入っていた…







「・・・・これ…」





ユウ「・・・・明日…誰かと行け…」





「・・・・・・・・」





ユウ「・・・・俺は、仕事でいけない…」







優君は目線を私から外してそう言うと

「誕生日だろ」と呟いた…





彼が渡してきたチケットは私達が好きな映画の

スピンオフの物語でDVDのレンタルが始まったら

借りて一緒に見ようと話していた物だった…





きっと本来ならば明日、私と一緒に見ようと

このチケットを買っていたんだろう…





「じゃあ…」と立ち去る彼に「あの…」と

声をかけて呼び止めると彼は表情を変える事なく

振り返り少しだけ怖いなと感じた…





「・・・ありがとう…」





先週の事にはふれずに

チケットのお礼だけを伝えると

彼は何も言わないでそのまま歩いて行った…





息の詰まる雰囲気がなくなり「ふぅ…」と

安堵のため息を吐いて貰ったチケットを鞄に

仕舞い店内の物色を再開した…






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