第32話

〈伊織視点〉






タクシーがマンションに着いて

入り口に顔を向けてため息が出た…






そして今のため息は彼にも見えたはずだ…


(・・・・疲れる…)


明日も仕事だし…早く寝たかったけど…






タクシーから降りて優君の立っている

マンションの入り口に向かって歩くと

彼も一歩ずつ近いてきた…





「・・・・いつから待ってたの?」




ユウ「・・・・さっき…」






多分嘘だろうと思った…

こんな所で話し込んでいて

住人に見られても嫌だと思い

オートロックを開けて

「おいで」と彼の手を引いた…





部屋に入り「珈琲で大丈夫?」と聞いて

キッチンで珈琲を煎れながら

(何しにきたんだろう)と考えていた…





仕事の疲れと三村さんの件での精神的疲れと

明日、明後日のサロンの忙しさを考えたら

早くシャワーを浴びてから寝たかった…

 




珈琲を彼に手渡してから「どうしたの?」と

優しく聞くと、優君は目を見開いてから





ユウ「・・・逆にどうもしなかったわけ?」





と言う彼の言葉に「え?」と記憶を辿っていき

今日のお昼に1階で見た事を思い出して





「お昼の事なら気にしてないって

  メッセージ送ったでしょ??」




ユウ「・・・・少しも気にならねーのかよ…」





「・・・え?」





ユウ「・・・・俺はお前の…なんなんだよ」





「・・・・・・・」




 


仕事を辞めて安定した未来欲しさに

結婚をしたかったけど…

目の前で怒った顔をしながら

そんな子供みたいな質問をしてくる優君は

私の求めていた結婚相手とは

だいぶかけ離れて見える…





「・・・優君…疲れるの…」





ユウ「・・・・・・」





「私…結婚はしたいけど…こんな…

  20代前半みたいな、子供の恋愛疲れる…」





ユウ「・・・子供の恋愛?」


 



「四六時中連絡取ったり、

 待ち合わせしてないのに勝手に待たれたり…

  気に入らない事があると

  すぐ不機嫌になってコッチが気をつかって…

  すっごく疲れてて嫌なの!!」





ユウ「・・・じゃーお前の言う結婚ってなんだよ

  都合よく、必要な時だけ側にいる

  同居人のことか?

  それなら婚活パーティーじゃなくて

  シェアハウスにでも入れよ」





「・・・ツッ・・・・」





優君の言ってる事の方が多分…正しい…

〝結婚〟に関して都合よく狡い事ばっかり

考えている私の方が間違ってる事も分かってる…



 



でも、それでも…




「私が求めていた結婚相手は優君じゃない…」




そう言うと優君は立ち上がって

何も言わないまま部屋から出て行ってしまった…




彼が出て行って静まり返った部屋の中で

自分の今の現状の全てが嫌で…嫌でたまらなくて

大人になって初めて嗚咽しながら泣いた…





やりたくもない店長になって泣き言も言えなくて…

貯めていた貯金だって全部なくなって

誇りを持って働いていたはずの仕事は

親しいお客様を騙して信頼も失って…

もうすぐ29歳になるのに先も見えなくて真っ暗で

不安しかない毎日に疲れていた…

 




さっきのは優君にあたっただけだ…

全部上手くいかないのを年下の彼に

あたってスッキリしたかったんだろう…

本心だったとしても口にするべきじゃなかった…

年上なんだから、もっと言い方があったはずだ…


 




「でも…もう疲れたぁ…

 

  あたし…なんでこんな風になってるの…」






一年と少し前とは

あまりにも変わってしまっている

自分の現状に「なんでぇ」と

ひたすら口にして泣いた…






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