第33話

〈伊織視点〉








昨日は夜中まで泣いていて

すっかり腫れ上がった目を冷凍庫から保冷剤を

取り出してハンカチを巻いてから瞼に当てた…


 


(・・・・・・・)




昨日泣いている時は今の自分の現状に対しての

悲嘆してばっかりだったけど…

一度寝て起きてみると頭の中にあるのは…

・・・優君の事だった…




昨日の彼は怒って…怒鳴っていて…

最後は…傷ついた顔をして帰って行った





(・・・・酷い年上だ…)





3歳も下の男の子にあたって…

優君との交際を

止めにしたかったのは本当だったけど…




彼があの日軽い気持ちで足を向けて

来たんじゃない事は知ってるし

その後も休日が被らないから

少しでも会える時間を作ろうと

してくれていた事も知っている…




「でも…合わないんだよ…」




保冷剤を目から離して

鏡を覗いてからメイクを始めた




(私が望むお見合い相手じゃなかった…)




彼の言う通りシェアハウスに住むような

同じ感覚の相手の方が楽だと思うし…

土日の休みはもう取れないから

仕事を辞めた後にもう一度

あの集まりに参加しようと思っていた…




重い足取りで会社に向かっていると

「おはようございます」

と山ちゃんの声が聞こえて振り返った




「おはよう、今日も予約コミコミだね

  お昼出れないだろうから何か買っていく?」



山「そうしましょう!」





コンビニに入ってパンを見ていると

山ちゃんが私の顔を見て「泣いたんですか?」

と心配そうに尋ねてきた





「まだ少し腫れてる?

 メイクで誤魔化せたと思ったんだけど…

 三村さんに…やっぱり「ショック」って

  言われちゃってね…」




山「・・・・それでも…

  ちゃんと話した先輩はやっぱり素敵ですよ?」




「・・・・・・・・」




山「お店はきっと潰れて

 ローンは途中解約になるのに

  説明に行って謝罪して…

  伊織さんは…素敵な店長ですよ!」




「・・・泣かせないでよ、副店長!笑」




山ちゃんの言葉が嬉しくて視界が滲んでいき

彼女は「えー?」と笑いながら

 



山「泣いても今の先輩には慰めてくれる

  素敵な人がいるじゃないですかー!!笑」




「・・・えっ・・あぁ…」





山ちゃんが優君の事を言っているんだと分かり

昨日別れたとどう言おうかと思っていると





山「優さんって一年前位からずっと伊織さん

  の事を見てたらしいですね?笑」





優君の言っていたレンタルショップや

スーパーで私を見かけていた話しだと分かり

「あぁ…」とだけ相槌をうつと





山「一年も気になってるのに中々近づけなくて

  あの相席屋さんで伊織さんがいるの見つけて

  優さんが店員に無理を言って

  私達の席に通してもらった話も聞きました?笑」





「・・・・・」






山ちゃんの言葉に(ん?)と思い

どう言う事と彼女に顔を向けた…






山「昨日の仕事帰りに仁さんに会ったんですよ

  で、少し飲んで帰ろうってなって一緒に

  駅に入ってる居酒屋に入ったんですけど

 優さんの健気な話し聞いたらビックリして!」





「・・・健気?」





山「はい!昨日の女の子と歩いてた話しをしたら

  仁さんが、それは誤解って!

  優さんは伊織さんに一年前から

  片想いしてるからありえないって!笑」





「いっ…一年前!?」





山「聞いてないんですか??」





「スーパーとかで見かけてた話は聞いたけど…」





山「そうそう、伊織さんを何処かで見かけてから

  段々と気になっていってお店に入ると

  必ず店内一周して探してたらしいですよ?笑」





「・・・・・・・・」





山「何度かこう…商品取ろうとして「すみません」

  とか、レジを先にどうぞって話しかけた

  らしいんですけど、伊織さんが全然覚えて

  くれてなくてショック受けてみたいで?」





「・・・知らない…」


 



彼を初めて認識したのは喫茶店だったし…

その前に話した記憶はなかった





山「いつも行く喫茶店で会ったんですよね?

  自分を覚えてくれない伊織さんに

  ワザと失礼な事を言って怒らせて…

  相席屋で伊織さんが自分を覚えてくれていたのが

  嬉しかったらしいですよ?笑」





「・・・・・・・」





山「なんか可愛くないですか?

  イメージと全く違うから!笑」





「・・・知らなかった…」





山「付き合いだしてからは伊織さんと会えるように

  自分の仕事は終わってるのに

  ワザと他の人の仕事手伝って帰る時間を

  合わせたり??

  あとは…アレだ!伊織さんとの約束があって

  定時に仕事を上がって次の日に2時間早く

  出勤して仕事片付けてたり?

  なんか色々してるみたいですよ?笑」







予約と予約の15分間の間で朝買ったパンを

食べながら山ちゃんから

聞いた話を思い出していた…


 



(・・・・そんな事してたんだ…)





時間作って会いに来てくれるいるのは

知っていたけど、ワザと残業したり…

優君の出社時間は8時半だから6時半に

出社していた事になる…

家を出るのは5時半位かな??





「・・・まだ…寝てる時間だ…」





【私…結婚はしたいけど…こんな…

  20代前半みたいな、子供の恋愛疲れる…】




【・・・子供の恋愛?】




 

「子供は…私の方だよ…」





ため息を吐きながら朝以上に

傷ついた優君の顔を思い出して

パンを飲み込みながら「味なんてしない…」

とポツリと言葉にでた…





(・・・・・・・・・)





なんで違和感だらけだったのか少し分かった…

私は優君に対してずっと

愛のないお見合い相手と位置付けをしていて

優君もそうだと思っていた



 


私を気になってくれていたのは知っていたけど

そこまで特別な感情はなく…

気になっていた私がまぁーそこそこ条件を

満たしていて、結婚したがっているから

あんな風に乱入したお見合いをしに

来たんだと思っていた…





でも、優君が私に恋愛感情を持っていたのならば

私が彼の行動に疲れてた意味も分かる…





彼は…〝恋愛〟をしようとしていたんだ…





「はぁー・・・」と深いため息を吐きながら

味のしないパンをペットボトルの珈琲で

流し込みながらもうすぐ来店する

お客様を迎える為に歯磨きと口紅を塗り直した…





(・・・もう終わったんだし… )





彼の気持ちを知ったとしても

私にはどうする事もできないと思った…





私は彼にそんな感情は持っていないし

彼の望む付き合い方は出来ないから




ただ…昨日の…

私の憤りの無い感情を彼にぶつけて

当たった事は謝りたいとは思った…





「・・・それも…私がスッキリしたい為だけか…」





きっと…謝って自分の中の罪悪感を

消したいだけだと思い、どこまでも

落ちてしまっている自分を鼻で笑った…






(・・・関わらない方が…彼の為だ…)








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