第41話

「これ、楓さんの手帳だ……」


 手に取ると、ずっしりとした重さがあった。スマートフォンよりもひと回り大きめの手帳は間違いない。いつも楓さんが仕事の時に持ち歩いているものだった。


「忘れて行ったんだ。届けないと……!」


 私は手帳をリビングルームのテーブルに一度置くと、掃除機を片付ける。

 時計を見ると、今は十一時過ぎ。十二時には昼休憩で事務所を出てしまうと思うので、今から届けに行けばきっと間に合うだろう。


(あらかじめ、連絡を入れておけばいいよね……?)


 勝手に出掛けるとまた怒られるかもしれないが、今回は楓さんの元に行くだけで、手帳を渡したらすぐ帰って来るつもりだった。行って帰ってくるだけなら、一時間も掛からないだろう。

 出掛ける用意をしながら、スマートフォンを操作して、手帳をリビングルームで見つけた事と今から届けに事務所に行くというメッセージを楓さんに送る。

 スマートフォンと楓さんの手帳を肩掛けカバンに入れる時、手元が滑って手帳を床に落としてしまう。


「しまった……!」


 乾いた音を立てて、床の上に落ちた手帳を拾い上げようとした時、何気なく開かれていたページのある一点に目を引かれたのだった。


「帰国……?」


 開かれていたのは、今月のカレンダーのページだった。予定がびっしり書き込まれている中、「帰国」と書かれた日のみ、その単語しか書かれていなかったのだった。


「帰国、していたの……? でも、自宅には帰って来なかったし……」


 手帳を拾い上げて、「帰国」と書かれた日付をまじまじと見つめる。そして、ふと気付いたのだった。


「この日……離婚届が発送された日の二日前だ……」


 よくよく思い出すと、「帰国」と書かれた日は、隣家の関さんが区役所で楓さんを見かけたと言っていた日の前日だった。やはり、楓さんは日本に戻って来ていたのだ。


「でも、どうして自宅に帰って来なかったんだろう……」


 そんな疑問が口をついて出るが、ふと時計を見ると、手帳を見つけてから大分時間が経っていた。


「いけない……! 遅くなっちゃう!」


 私は手帳をカバンに入れると、カードキーを掴んで、慌ててマンションを出たのだった。

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