契約夫婦のすれ違う日々

第10話

 同居を始めたといっても、若佐先生と私はほとんど時間が合わなかった。

 お互いに仕事をしていた事もあり、朝は私が先に家を出て行き、夜は若佐先生が遅く帰ってきていた。私がシフト制の仕事をしており、休日が不規則だった事もあって、なかなか休みが合わず、仕事から帰宅してからも、お互いに自分の時間を過ごし、食事や洗濯、掃除も各自でやっていた。

 同居を始めた直後に、私が二人分の家事をやろうとしたが、料理を焦がし、洗濯物を色落ちさせ、更に掃除機に衣服を詰まらせて壊してしまった。そこまでやってしまうと、若佐先生は私が家事の一切が出来ないのを悟ったようで、自分の分の家事は自分でするようになってしまった。私も反省して無理に二人分の家事をやりたいとは言わず、自分の分だけするようにしたのだった。

 たまに休日が重なった時は、若佐先生に誘われて、一緒に食事に行く事もあったが、その時もほとんど会話らしい会話をしなかった。

 それも仕方がなかった。同居前、婚姻届を記入した時に知ったが、二十三歳の私に対して、若佐先生は二十九歳と六歳の歳の差があった。そうなると、やはり話題が微妙に合わず、また若佐先生が寡黙で、話しかけてもあまり会話が盛り上がらず、趣味も合わなかったので、いつも私が一方的に話して終わるだけとなってしまった。


 それがしばらく続くと、やがて会話らしい会話はほとんどしなくなり、何か用事があれば、スマートフォンで最低限のメッセージを送り合うくらいしかしなくなった。

 少しの寂しさはあったが、条件付きの一時的な結婚なので、こんなものだろうと考えていた。


 若佐先生も「籍を入れる以外は、夫婦らしい事は特に何もしなくていい」と言っていたが、結婚指輪を購入しないどころか、結婚式を行わず、新婚旅行に行かず、新婚生活さえも他人行儀でどこか冷めていた。

 あくまでも若佐先生は他人であって、私達は一時的に夫婦として同居をしているだけ。目的が達成されたら別れる関係。家賃や生活費なども、若佐先生に頼ってばかりいるのは良くないからと、私も少額ながら負担している事もあり、その意識はますます強くなった。


 それでも若佐先生との同居は、決して居心地の悪いものでもなかった。

 ほとんど会話がないからといっても、若佐先生はぞんざいな扱いをしなかったし、私が質問すれば丁寧に答え、頼みをすれば聞いてくれた。

 これだけでもパワハラに遭っていた職場に比べれば、かなりマシだった。

 でも、ただそれだけであった。

 心はお互いに離れたまま。時折、「このままでいいのだろうか」と、不安と空虚が入り混じった気持ちになるが、何も出来ないまま、時間だけが過ぎていった。


 そして、その年の夏の終わりに裁判が閉廷し、私の敗訴が決まった。

 私が上告しない事を決めると、私は今の会社を退職した。

 敗訴した事で職場に居づらくなったというのもあるが、元々、前の職場で崩した体調が完治していなかった事もあり、裁判の結果に関わらず、療養の為、近い内に仕事を辞めようと決めていた。

 療養をしながら、仕事で忙しい若佐先生の役に少しでも立てるように、家庭の事に専念したいという気持ちもあった。

 上告はせず、職場を退職して、これからは療養と家庭の事をしたいと若佐先生に話した時、若佐先生は何か言いたげな顔をしていたが、私が裁判を引き受けてくれた礼を述べると、苦虫を噛み潰したような顔をして無言で立ち去ったのだった。

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