第26話:バッチグーですよ!

「最近の流行り……ですかー。あはは、先輩そういうの疎そうですもんねー。世俗と離れてるというか、世捨て人もどきみたいな」

「馬鹿にしてるよな?」


 助手席に乗る山田はあっけらかんと言い放つ。

 世捨て人もどきて。

 単に流行りに興味がないだけだ。


「クーラちゃんの暇つぶして一番手っ取り早いのはスマホとかタブレットをあげちゃうことだと思うんですけどね。先輩の家ってWi-Fi繋がってます?」

「今どき繋がってない家の方が珍しいだろう」

「じゃあ、iPadとか買えばいいんじゃないですか? 4万円くらいで買えましたよ、確か」


 4万か。

 高いと言えば高いが、それで暇つぶしさせられるんなら安いものかもしれない。

 しかしクーラにネット環境を与えるとろくな事になりそうにない。


「そもそも俺があまりネット社会に触れない人間だからな……Twitterとかで変に炎上されても困るぞ」

「その辺は……私が教えてあげましょうか、クーラちゃんに。先輩よりは詳しいと思うんで」

 

 何故か言い淀むようにする山田。

 ちらりとルームミラーを見ると、あいつはすることがないと眠る習性でもあるのか後部座席でぐっすり眠っていた。

 別に疲れているわけでもないだろうに車の中で眠るとは、なかなか図太い奴だな。

 少なくとも俺は無理だ。

 シンプルに寝づらいし。

 あいつこそソファで眠るべきなんじゃないのか。


「ネットリテラシーを教えてくれるっていうんなら助かるが、一朝一夕で身につくものなのか? そういうのって」

「んー、どうでしょう。タブレットをあげるのならスマホアプリの課金とかに対する考え方なんかも教えてあげなきゃですし……でも子どもってわけじゃないので多分すぐ理解すると思いますけどね」

「ふーん……それじゃ購入するのは来週の金曜日くらいだな」

「なんでですか?」

「土日に教えてもらうことになるだろうが、明日は仕事だし、お前だって早めに帰りたいだろ? なら来週の土曜日になるまではiPadも買わない方が良い」

「あーなるほど……別に私は仕事終わりに先輩の家に寄っていって、色々教えてあげてもいいんですけどね」


 仕事終わりにって。

 俺は仕事を終えた後に他人に何かを教えたりするだけの元気が基本無いだけに普通に凄いなと思ってしまう。

 やはり若いから俺より体力もあるのだろうか。


「それはそれで助かるけど、大変だろ」

「いえっ、全然! いつも元気は有り余ってるので! 有り余りまくってるので!」

「ほんとに元気だな……」


 少し分けて欲しい、その元気。

 いやマジで。


「先輩が嫌じゃないのなら、本当に毎日仕事終わりに先輩の家へ寄るんですけど……」

「別に嫌ではないけどな」

  

 強いて言うなら毎日こいつが来たとして、毎日家まで送っていくのがちょっと面倒なくらいか。

 だがクーラが家にいることによって引き起こされる様々な障害が山田のお陰で解消されるというのなら安いものだ。


 ……毎日?


「毎日来るのか?」

「だって、そっちの方が良くないですか? たまにだとちゃんとクーラちゃんのこと見てあげられないかもですし……」


 なんか子どもとかペットみたいな扱いになってるぞ、高貴なる(笑)吸血鬼。

 実際そんなようなものなのだが。


「しかしそうなると別の問題が発生するな」

「別の問題ですか?」

「お前の家族あたりに、俺との関係性を誤解されることになる。恋人とかな」

「あっ、あーなるほど確かにそういうのもあるかもしれませんネー」

「……?」


 なんで棒読みなんだろう。

 元々その可能性については考慮していたが、敢えて無視していたみたいに聞こえるぞ。


「べ、べ、ベ別に私は構わないですけどねっ」

「お前が構わないのなら俺も構わないが……」


 実質他人に勘違いされたところで俺にとっては何も痛くも痒くもない。


「それじゃそういうことで、早速明日から先輩の家にお邪魔しちゃおっかなー……なんて」

「……俺としてもお前が来てくれるなら助かる。本当に嫌じゃないなら、よろしく頼む」

「ほ、本当にいいんですか?」

「それはこっちの台詞なんだが」

「私はもちろん良いに決まってるじゃないですか! バッチグーですよ!」

「……俺の世代でも死語扱いされてるからな、それ」


 その後、何故かテンションが上がっている様子であれこれ喋りまくる山田に気圧されつつも車を走らせるのだった。

 本当に元気だなあ、こいつ。

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