第20話:てへっ

「落ち着け山田。いいか、警察を呼ぶな。救急車も呼ぶな。分かったらまずそのスマホを置くんだ。冷静になって話し合おう」


 涙目でぷるぷるしながらスマホを握りしめる山田をなんとか諌める。


「だ、だって先輩、ね、猫が女の子に……! 事件ですよこれ! 事件ですってこれ!」

 

 俺からすれば不幸な事故なのだが……

 クーラも迂闊だったが、俺も迂闊だった。

 大人の姿のまま眠っていることが二度もあったので油断していた。

 大きさが違えば違うほど魔力の消費効率が良いのに猫の姿で寝ていなかった理由が何かを考えるべきだったのだ。

 

「まったく、喧しいな貴様らは……あれ?」


 その間ずっと山田の膝枕で眠っていたクーラがようやく目を覚ました。

 そして慄く山田と目があって、自分の姿を確認して、俺の方を見て。


「てへっ」


 こつんと自分の頭を自分で小突いた。

 ぶっ飛ばすぞてめえ。



 かくかくしかじか。

 見られてしまったからには仕方がない。

 一連の説明を聞き終えた山田は未だ訝しげな目で俺とクーラを見ていた。


「……先輩がここ最近色気づいた理由はクーラちゃんだったんですね」

「いや色気づいてはないよ?」

「猫から女の子になったのを見ましたし、牙も本物みたいですし、そもそもこんなに可愛い子が普通の人間だとは思えないのでクーラちゃんが吸血鬼だってことは信じます」


 容姿のレベルで言ったら山田もクーラと差はないように思うのだが、こういうことを言ったら気軽にセクハラにされてしまうのが今の世の中だ。

 黙って胸の内に秘めておこう。


「よくわからんが褒められている気はするな! フーハハハハ!」


 お前は黙ってろ。

 頼むから。


「えっと……クーラちゃん、私の血じゃ駄目なんだよね?」

「残念ながら我はこの冴えない中年の血でしか生きられない体になってしまったのだ」

「せ、先輩でしか生きられない体に……!?」

「おい馬鹿、誤解を招く言い換えをするな」


 思わずツッコミしてしまった。

 

「とりあえず、そういう訳だから俺とクーラの間にやましいことは何もない。警察に突き出したり病院へ連れていったりはやめてくれ。こいつの命にも関わるしな」

「おい我が眷属、こいつ呼ばわりはやめろ」

「…………」


 無視した。


「確かにそういうことなら……うぅ……でも羨ましい……」

「羨ましい?」

 

 この滅茶苦茶な状況がか?

 変わり者もいるんだな。

 

「でも先輩、クーラちゃんこんなに小さいんですから、男女が1つ屋根の下だからって間違いなんて起こしちゃ駄目ですよ!?」

「わかってるよ。なあクーラ」

「あ、ああ。その通りだな。眷属など言い換えれば下僕のようなものだからな」


 ボロを出すなよ、というアイコンタクトが通じたのかなんとかクーラも同調する。

 

「……私もちょくちょく様子を見に来ますから。やっぱり女の子同士じゃないとわからないこととかもあると思いますし。お洒落とか、あと食べ物も先輩だけならともかく、これくらいの子にコンビニ弁当ばかりっていうのも悪いですしっ!」

「いや、そこまでしてくれなくても……」

「やるったらやるんです! クーラちゃんの為に! あくまでクーラちゃんの為ですから先輩が遠慮するのはおかしいんです!!」

「お、おう……そ、そうだな」


 謎の気迫に押されて頷いてしまった。

 俺の平穏がどんどん脅かされているような……

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