第17話:おはようございます、先輩

 翌朝。

 俺は何故かベッドで寝ていた。

 おかしい。

 ソファに縛り付けておいてくれと言ったはずなのだが。

 案の定、昨晩の記憶がない。

 いや、正確にはソファに縛り付けられていたところまでの記憶はある。


 それだけで俺は大体のことを察した。


 隣にはやっぱりというかなんというか、下着姿のクーラがすやすやと寝息を立てていた。

 猫に変身する予定があるからか、今度は大人の姿になっていないようだ。

 パンツとシャツだけ着てリビングへ行くと、引きちぎられたシーツの残骸がソファの周りに落ちていた。

 

「…………」


 クーラが引きちぎったのか、俺が自分で引きちぎったのかは不明だ。

 あまり言及したくないところである。

 シーツの残骸を拾い集め、資源ごみようの袋に入れて2階のベランダに放り出しておく。

 俺ですら基本的には使わない2階は基本的に物置になっているので、我が家に来た山田がうっかりボロボロのシーツを見つけるなんていうある意味事件性溢れる展開にはならないだろう。

 

 その他諸々のクーラの痕跡を消しておく。

 幸い、あいつが居着いてまだそう長くない。


 30分程であらかた隠し終えたので今度は自分の身なりを整える。

 歯を磨いて顔を洗って。

 朝食を準備していると、クーラが眠そうな目を擦りながら起きてきた。


「……朝から元気だな貴様は」

 

 なんとか聞き取れはしたものの、実際は「あさはらへんひだなひはまは」くらいの謎言語だったのは一応言っておこう。

 ろれつが回ってないとかのレベルじゃないぞ。


「魔力は足りそうか?」

「……んー、余裕」


 若干キャラ崩壊を感じる返事を受けつつ、俺はだろうなと頷く。

 猫変身換算で2時間分の吸血に加え、その他の魔力摂取もしているのだからそりゃ余裕で足りるだろう。

 さっき歯を磨いているときに若干自分の顔がげっそりしているのがわかったからな。


 

 朝食を食べ終え、俺の格好もある程度整えてというところで約束していた10時が目前に迫っていた。



「いいか、間違えても山田……後輩の前で変身を解くなよ」

「まったく、何をそこまで気にすることがあるのだ。我の眷属とは名誉なことなのだぞ?」

「それはこの世界じゃ通用しないんだよ。下手すりゃ俺がお縄につくことになる。そしたらお前も俺の血を吸えずにお陀仏だ」

「それは困る……」

「じゃあ頑張って変身を維持してくれ」


 ――と。

 ピンポーン、とチャイムが鳴った。

 10分ほど速いが、恐らく山田だろう。


「頼んだぞ」

「仕方ないな」


 ひゅっ、とクーラが黒猫に変身してソファの上でくつろぎ始めた。

 さて、バレそうなポイントは全部潰したはずだが、後は俺の言動次第だな。


 俺が玄関へ行き、扉を開くと門の外に私服の山田がいた。

 休日なので私服で当たり前なのだが、なんとなく新鮮な感じはする。


 ベージュのボリュームコートに白いトップス、緩めのジーパン……じゃなくてデニム(どちらが適している呼び方なのだろうか)、なんだか可愛らしい白いバッグ。

 そして普段とは異なり軽くウェーブがかった髪に、黒いベレー帽。

 ファッションセンス高いな、こいつ。


 俺のジーンズパーカーというザ・雑って感じのファッションとは比べ物にならない。


「あ、おはようございます先輩」


 なんとなく普段よりしおらしいような気のする山田の挨拶に返事をしようとしたのだが、その前に山田が言葉を被せてきました。


「あの、玄関がなんか抉れてますけど大丈夫ですか?」

「…………」


 大丈夫じゃなかった。

 早速粗が見つかってるじゃねえか。

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