第15話:怪しいです!
「……まだ消えてないか」
会社のトイレにある鏡で首元を確認する。
あの後、とりあえずあいつを問い詰めている時間も勿体ない(というか俺も共犯みたいなものなので責めづらい)ので普段どおり支度をして会社へ行こうと思ったのだが、歯を磨いている最中にクーラの噛みつかれた痕が首元に残っているのを見つけたのだ。
本来ならばぺろりと舐めれば完治するはずのそれだが、どうやら吸っていた時間が長すぎたようで痣みたいに残ってしまったのである。
問題はこれがある位置と中途半端な治り方をしているせいでどう見てもキスマークにしか見えないこと。
クーラいわく時間経過でそのうち消えるとのことだったが(あるいはもっとぺろぺろ舐めればすぐにでも治ると言われたがそれは流石に遠慮した)良識ある社会人としてキスマークを見せびらかすわけにはいかないので絆創膏を貼って出社したのだが、昼休みになっても未だに消えていなかった。
仕方がない。
再び絆創膏を貼り直して、手を洗ってトイレから出るのだった。
自分のデスクでもそもそとサンドイッチを食べていると、山田が近づいてきた。
こいつ結構な頻度でこうして絡んでくるが、暇なのだろうか。
「え、先輩今日もサンドイッチなんですか? しかもコンビニのやつにランクアップしてるし」
「お前の認識では俺のお手製サンドがコンビニのより下だと思ってることはわかった」
「だってコンビニのサンドイッチは輸送費と人件費がかかってるからちょっとお高いじゃないですか」
金額の話かよ。
当然のように山田は俺の隣に座って自分のファンシーな見た目の弁当箱を開けた。
コンビニの弁当だけでは到底摂取できないであろう栄養素がちゃんと詰まっていそうなバランスの良い弁当だ。
「コンビニってちょっと割高だけど、その分便利でいいですよね。24時間やってますし」
「あれは時間を金で買ってるようなものだからな。夜中にふと思い立ってコンビニでなにかを買えるっていうのは明確なメリットだ」
「24時間じゃなくなるかも~なんて話もあるそうで」
「……だったらドラッグストアで良くないか?」
流石にコンビニの方が身近だとは言え、ドラッグストアも相当な数あるし。
最近になってかなり増えてきているような気がする。
「ドラッグストアの方がコンビニよりはお安いですしねー。仮に本当に24時間営業がなくなるとして、どう差別化をしていくのか見ものですよね」
「俺は便利な方を使うだけだから正直どうでもいいけどな」
でも個人的には現状でもコンビニよりドラッグストアの方が利用率は高い気がする。
食品はスーパーで買って、日用品や薬はドラッグストアだ。
それこそ夜中にふと思い立ってつまみを買いに行くくらいだな、コンビニは。
「あれ、先輩、首のとこどうしたんですか?」
「首? ああ、虫に刺されて痕になっててな。キスマークっぽく見えるから隠しておいたんだ」
ほとんど違和感なく普通に返事できたはずだ。
先にキスマークっぽく見えた、というのを言っておくことで言外にキスマークを隠しているわけではないということを伝える高等テクニックである。
「なんか、キスマークを隠す為に敢えてキスマークって単語を出してるように見えますね……」
スッと目を細めた山田がなかなか鋭い指摘をしてきた。
なんだこいつの無駄な勘の良さは。
「……はは、そんなわけないだろ」
「私の知る先輩はそんな風に愛想笑いしません! 怪しいです!」
お前が俺の何を知ってるんだ。
ていうかキスマークじゃないのは事実なんだよな。
皮膚を吸われて鬱血したとかそういうレベルじゃないって話なだけで。
なにせ吸われたのは血なのだから。
「……そういえば先輩、猫飼ってるんですよね?」
「あ、ああ」
そういうことになってなそういえば。
「写真は撮り忘れたからないけどな」
昨日変身して貰った時にそのまま撮っておけば良かったと軽く後悔する。
話を上手い具合に逸らせたかもしれないのに。
「別にいいですよ、写真は。先輩って休みの日にするような趣味とかないですよね」
「……ないけどそれがどうかしたか?」
強いて言うなら本を読むかもしれないってくらい。
鼻息荒く山田は言い放つ。
とんでもないことを。
「じゃあ、明日私が先輩のおうちに猫ちゃんを見にいっても構わないですよね!」
「えっ」
「というわけで明日お邪魔しますね!」
「えっ?」
……え?
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