第13話:も、もうこれ以上はだめぇ…

 パジャマ代わりのジャージを着て風呂から上がると未だにむくれてご機嫌斜めな様子の吸血鬼クーラがソファにあぐらをかいて座りながらテレビを見ていた。

 血でもやれば機嫌を直すのだろうか、と考えてそういえばトマトジュースを買ってきたのを思い出した。


「クーラ、いいもんをやる」


 コップに注いだトマトジュースをクーラに手渡すとクーラはじろぉりとこちらを睨みつける。

 

「なんだこれは」

「いいから飲んでみろ」

「ふん」


 素直に飲むクーラ。

 なんだろう、ちょっと可愛く見えてきたぞ。

 小動物的な可愛さだが。


「……なんだこれは?」

「トマトジュースだ。赤いから血の代わりになったりしないかなと思って買ってきた」

「なるわけないだろう」


 こいつ頭大丈夫か? みたいなジト目で見られた。

 分かっていたことではあったが。

 トマトジュース程度で代替できるのだったら吸血鬼の無駄に重い吸血周りの設定(?)が意味を為さなくなってしまうしな。


「が、これはこれで美味い。これからも継続的に我の為に買ってくるのだ」

「へいへい」


 どうやら味自体は気に入ったらしい。

 トマトジュースは苦手な奴もいるからな。

 確か山田はトマトジュースも飲めないし野菜ジュースも甘いものじゃないと駄目らしい。

 トマトが苦手なわけじゃないと言っていたが、トマトもトマトジュースも野菜ジュースも全てに苦手意識を持たない俺としてはいまいちわからない感覚である。

 トマト食えるんだったらトマトジュースもいけるだろ、と。


「で、クーラよ。俺はそろそろ寝たいんだが」

「寝れば良いだろう」

「お前が今座ってるソファで寝るんだが」

「じゃあ我慢すれば良いだろう」

「明日も仕事があるんだが」

「一日くらい寝なくても平気だろう」


 ……このガキ。

 力ずくでどかそうにもその力で俺の方が負けているなんとも信じがたい現実があるのでどうしようもない。

 

「じゃあ俺はベッドで寝るからな。たとえお前が後からベッドに入ってきても絶対にどかんぞ」

「はあ!? わ、我が何故貴様と一緒に寝なければならないのだ!」

「嫌ならソファで寝るんだな。案外快適だぞ」

「我は主だぞ! 偉いんだぞ!」


 多少寝なくても平気だとは言え、正常な生活リズムをしている限りはちゃんと眠くなるらしい。

 俺はあくびをしながら寝室へ入り、ベッドへもそもそと潜った。

 なんか若干いい匂いがするような気がするが、気にしなければ気にならないという脳筋思考で無視する。


 昨日ソファで寝ていたのはやはりちゃんとは寝れていなかったらしく、疲れがドッと押し寄せたのか俺はすぐに眠りについてしまった。 


 

 翌朝。


「ふぁあ……」


 俺は目覚ましをかけなくても大体同じ時間に目が覚める。

 そもそも会社はフレックスタイムを導入しているので午前に会議がある時なんか以外は10時半までは遅刻というものも存在しないし、急ぐ必要はさほどないのだ。

 早く帰りたいから早く行くがな。


 ベッドに左手をついて体を起こそうとすると、ムニュ、と柔らかい感触が掌に伝わった。


 ……ムニュ、というかむにゅって感じだ。

 細かいニュアンスの違いだが大事な気がする。


 まさかと思い左手の方を恐る恐る見ると、何故か大人の姿になったクーラが黒レースの下着姿でそこにいて、掌はまさかというか案の定その豊満なそれに触れていた。

 それとはなにか?

 言わなくてもわかるだろう。

 おっぱいだ。


 ふと、自分の体に違和感を覚える。

 下を見下ろすと何故か上裸になっていた。


 しかもなんとなく気だるい気がする。

 寝ぼけているのか、クーラが不明瞭な寝言を呟く。


「むにゃ……や、やめるのだ我が眷属よ、も、もうこれ以上はだめぇ……」

「……え?」


 嘘だろ?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る