第10話:ははーん、さては恥ずかしいのだな
「我が眷属よ、今宵の血を差し出すが良い!」
弁当を食べ終え、ひと息ついたタイミングでクーラが居丈高に口を開いた。
「……はいはい」
俺は手首を差し出す。
特に痛みも感じないし、穴も塞がるし血を失った分は寝れば治るし、こいつが吸血鬼なのだと受け入れてしまえばそう拒否感も湧かない話だ。
なので俺は特に抵抗なく手首を出したのだが、クーラはそれを見て不満そうな様子を見せた。
「昨日吸って分かったのだが、そこは血を吸いにくいのだ。頭を垂れて首を差し出せ」
「……首か」
手首ならともかく、首ともなると流石にちょっと抵抗がある。
こう、命に直結するようなイメージがあるからだ。
断首とかあるくらいだし。
俺が躊躇いを見せていると、クーラは何を勘違いしているのかニマニマとした笑みを浮かべ始めた。
「ははーん、さては恥ずかしいのだな貴様」
「はあ?」
「我に抱きつくような形になるので恥ずかしいのだろう」
「恥ずか……しい……?」
こいつは一体何を言っているのだろうか。
最低でももう5、6年は歳を重ねた姿ならまだしも、このちんちくりんの中学生みたいな体に抱きつかれたところで恥ずかしいとは全く思わないだろう。
「もういいや。ほら、血を吸えよ」
シャツを脱いで上裸になり首元を差し出す。
「なな、何故シャツを脱ぐのだ!?」
顔を真っ赤にして慌てるクーラ。
こいつはさっきから本当に何を勘違いしているんだか。
「何故も何も、襟元が伸びちまうだろうが」
首に人ひとりが噛みつけるスペースを作ろうと思うと衣服は邪魔なのだ。
「あ、ああ、そういう……あー……あれもそういうことなのかもしれんな……」
俺がシャツを脱いだ理由以外に、何かもう一つ納得の行く事柄があったようだ。
「なんだよ」
「こ、こちらの話だ。貴様には関係ないっ!」
どういうわけか先程よりも更に顔を赤くしているクーラに地団駄を踏みそうな勢いだったのでこれ以上の追求はやめておく。
触らぬ神に祟りなしってな。
なるべく面倒事は避けたい。
「早く吸えよ」
「う、うむ」
クーラがちょこちょことやってきて何故か恐る恐る掌で俺の胸板に触れる。
「お、おお……硬い……」
「何がしたいんだお前は」
いや、待てよ?
なんでこんなに筋肉質なんだ、俺の体。
決して太っていたわけではないが……
「なあクーラ」
「へぇっ!? な、なんだ!?」
「血を吸われると筋肉が増えるとかってあったりするか?」
「へ? うーん、どうだろうな……肉体がある程度はその者にとっての健康的な状態に近づくので、そういうこともあるかもしれぬな」
睡眠時間が短くても済み、病気になりにくく若干筋肉質にもなると来たか。
ただし個人差がありますってところか?
笑えないテレビ通販みたいだ。
「……よ、よし。吸うぞ」
「なんでお前が緊張してんだよ」
クーラが俺に抱きつくような形で首へ噛み付く。
痛みはない。
耳元で液体を嚥下する音が聞こえるという特殊な状況だが、どちらかと言えばクーラが血を吸いすぎないかという心配の方が大きいのであまりそれを気にしている余裕がない。
「……んはっ……ぇろっ……」
耳に近いせいで細かい息遣いまで聞こえる。
どうやら吸い終えたようで、首を舐められるような感触があった。
思わずぞくりと背筋が震える。
気持ち悪いわけではない。
なんか不思議な感じだ。
しかし吸い終えたというのになかなか離れようとしない。
「クーラ?」
「んおっ!? あ、ああ。終わったぞ。大儀であった」
慌ててクーラはぱっと離れる。
貧血のような症状は……多分出てないな。
しかしクーラの方が頬が上気して興奮しているようだった。
血の気が多いとでも言うのだろうか。本当の意味で。
「ふむ……なるほど……うーむ」
「なんだよ」
明らかに様子のおかしいクーラに俺は訝しむが、やはり「なんでもない!」と返されるだけだった。
なんなんだよ一体。
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