第9話:崇めても良いぞ!
「ふむ、それなりに美味いな」
器用に箸を使って弁当をもぐもぐ食べるクーラ。
箸、使えるんだな。
「吸血鬼って血以外からも栄養を補給できるのか?」
「血だけでも平気だ。しかし食事は食事で嗜好品のようなものだからこれからも用意するが良いぞ」
「嗜好品ねえ。それで太ったりしないのか?」
「人間の体とは作りからして違う。そういう意味では貴様もほんの少ーしだけ肥えにくくはなっているがな」
へえ。
嬉しいようなそうでもないような。
30過ぎると腹回りが気になり始めると言うし、これから役に立つのかもしれない。
睡眠時間が多少短く済んだり、太りにくくなる(?)ぽかったり、地味に嬉しい効能がちらほら
出てくるものである。
その代わりニンニクが食べられないとか聖水で体が燃え上がるとかなければいいのだが。
「そういや、ニンニクとか聖水、日光だのの弱点はどれくらい機能するんだ?」
俺がそう訊ねるとクーラは不思議そうに首を傾げた。
授業中に分からないところが出てきた中学生みたいだ。
とは言わないでおこう。
「うん? 詳しいな、従僕。我をひと目で吸血鬼と見抜いたり、もしや我のファンなのか?」
「この世界じゃ吸血鬼って結構有名なんだよ」
特に日本人だと多分知らない人の方が少ないんじゃないだろうか。
漫画にも出てくるしな。
「ニンニクは臭いから嫌いだが、食えなくもない。聖水は……恐らくこの世界のは関係ないだろうな。宗派が違う。日光は下位の吸血鬼なら灰になりかねんが、我クラスにもなれば日に焼けて後で痛い思いをするくらいでしばらく時間を置けば元通りになる」
「なんだそりゃ」
「凄いだろう、崇めても良いぞ!」
ふんす、と胸を張るクーラ。
崇めねえよ別に。
弱点が弱点として機能してないじゃないか。
「元の世界の聖水や聖なる加護を受けた銀なんかは致命的だが、この世界には吸血鬼がそもそも存在しないのだろう?」
「ああ、少なくとも俺はお前以外に見たことがない」
「なら効果もないだろうな」
つまりこの世界においてクーラの弱点らしい弱点と言えば日光で肌が焼けるくらいってことなのか?
本来血を吸わない方が良いという話も込みで考えると本当に吸血鬼なのか怪しみたくなってきた。
ふと、吸血鬼がコウモリに化けたりするという話を思い出した。
ついでに山田が俺ん家に猫がいると勘違いしているのも。
「そういえばクーラ、お前猫に変身できたりするか?」
「猫? 何故だ」
「後輩に勘違いされててな」
適当な猫の写真を拾ってもいいのだが、何かの拍子にばれる可能性もなくはない。
しかし訝しげにクーラは眉をひそめた。
「どう勘違いされたら我のことを猫だと誤認するのだ」
「さっき言ったろ、吸血鬼はこの世界に存在しないんだよ。だからと言ってそこを隠して少女を匿ってるなんて言われたら逮捕されるわ」
「ふむ、難儀だな」
「難儀なんだ。だからお前が変化とかできたりしたら助かるんだが」
「できなくはないが……」
ひゅっ、と影のようなものがクーラを包んだかと思うと、次の瞬間には紅い瞳の黒猫になっていた。
すげえ毛並み綺麗。
「変化をすると魔力を大きく消耗する。特に大きさが極端に変わるものはな」
再び影のようなものが黒猫クーラを包むと、元の銀髪の少女に戻っていた。
「だからその分血を多めに要求するぞ」
「……死なない程度に頼む」
そのうち貧血で倒れたりしないだろうか、俺。
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