第7話:写真とかあったりします?
「あ、先輩。お先に失礼します」
「いや、俺も帰る。お疲れ」
オフィスから降りるエレベーターの中で偶然にも山田と一緒になる。
右腕についた腕時計を見ると午後6時15分。
こいついつも帰るのこんな早いのか。
いや、定時が6時なんだから普通か。
「え、今日は残業ないんですか? いつも他の人の仕事まで受け持って決して定時に帰らないと言われているあの先輩が?」
「まあな」
別にいつも残業しているわけじゃないが、最低でも1時間くらいは残って何かしていることがしょっちゅうだな。
ちなみに他の人の仕事を受け持っているわけじゃない。
俺はそんなお人好しじゃないからな。
仮にアメリカンな町で可愛らしい少女が黒服に追いかけられていてもスルーできる男が俺だ。
シンプルに回される仕事が定時内で終わる量じゃないというだけである。
そのくせ残業を減らせと上はせっついてきて……
面倒だ。
「……お昼の件と言い、もしかして本当に彼女さんできてたりします?」
探るような目つきで聞いてくる山田。
「なんとでも思ってくれていいぞ。俺の周りに女の影があるように見えるならな」
「見えないから不思議なんですよねー」
「人が変わる理由は色恋だけじゃないからな」
「えっ……」
「先に言っておくが、身内が死んだとかじゃないぞ」
いなくなって困るような身内は既にいない。
兄弟は元々いないしな。
「じゃあ……ペットを飼い始めたとか?」
「…………」
当たらずとも遠からずだな、と思ったが本人に言ったら地団駄で家が破壊されそうだ。
「まあそんなようなもんだ」
「猫ちゃんですか? ワンちゃんは……先輩確か苦手だって言ってましたよね?」
「厳密には猫以外の全ての動物が苦手だ」
猫だけは昔実家で飼っていたので割と平気。
野良猫とかを触ろうとは思えないが。
衛生的な観点からとかではなく、普通に怖い。
「じゃあやっぱり猫ちゃんですね! 写真とかあったりします? 子猫ですか? それとも大人の猫ちゃんですか?」
「あー……」
流れで猫を飼っている事になってしまった。
もう完全に山田の中では俺の家に猫がいる認識だろう。
本当は猫じゃなくて鬼なのに。
ここで猫は飼っていないと否定するとじゃあ猫以外の動物が嫌いだと公言している俺が何を飼っているのかという話になるし、もう割とどうしようもない気がする。
チーン、とエレベーターが一番下に到着した。
よし、逃げよう。
そして時間が解決してくれることを祈ろう。
きっと明日か明後日あたりには山田もこのことを忘れているだろう。
「それじゃ俺急いで帰らないとだから。じゃあな」
「じゃあ明日見せてくださいね! 写真ちゃんと撮ってくださいよ~?」
後ろからそんな風に声をかけられる。
ネットかなんかで猫の写真を拾って見せよう。
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