第5話:んにゃ……?

「あー……全然寝れた気はしないな……」

 

 カーテンの隙間から差し込む朝日に寝ぼけ眼を細める。


 寝なくても済む、とは言われても唯一の娯楽が寝ることのような俺からすれば寝ないなどまず有り得ないことであって。

 結局俺は「我が暇になるだろう」とか好き勝手言うちびっ子を放っておいて眠ることにしたの――のだが。


「貴様が眠るのならば我も眠る」

「おい夜の王」

「ふむ、そこそこいいベッドだな」

「それは俺のベッドだ」

「今日から我のベッドだ」

「どこで寝ろってんだよ!?」

「てれびのあった部屋に人ひとりくらいなら寝転がれるソファがあるだろう」

 

 というのが昨夜あった流れである。

 勘弁してくれほんとに。


 立ち上がってぐっ、と伸びをするが、ソファで変な体勢で寝た割に体が全然疲れていない事に気づく。

 寝られていない割に頭も冴えているように感じる。

 これが吸血鬼の眷属とやらになった影響だろうか。

 実に地味な効果である。


 時計を見ると朝の7時前だ。

 普段だったら6時半には起きているのでちょっと寝坊してるな。


 元々余裕を持って動いているので大した差支えはないのだが……

 寝室の方をちらりと見る。


 起こすべきか、放っておくべきか。

 そういや吸血鬼って太陽の光に弱いみたいな設定あったし、カーテンは開けないままの方が良いのかな。

 リビングは東向きなので朝さえ凌げばなんとかなるだろう。

 知らんけど。


 顔を洗ってヒゲを剃って歯を磨いてトーストでも作ろうか――というタイミングで、ふと気づく。

 仕事へ行くので日中あの何をしでかすかわからないチビを置いていくわけだが、腹が減ったとかいって徘徊し始めると大変だ。

 日が出ている間は大したことをできないと信じたいが、万が一もある。


 未だ全く起きてくる気配もないが、サンドイッチくらい作って野菜室にでも入れておくか。


 何を食うか知らないので適当にチーズにハムときゅうりとレタスを挟んでおく。

 ていうかあいつ普通の食べ物は食うのだろうか。

 血しか受け付けない……ということもないとは思うが。


 ふと、誰かの為に食事を作るのがかなり久しぶりだということに気づく。

 誰かというか、現状だとなんか引きこもりの娘の世話でもしてるような気分なのだが。


 そんなこんなをしている間にもう家を出ないといけない時間になってしまった。


 書き置きでも……と考えて思い直す。

 言葉は通じても字を読める保証はない。


「はぁ……」


 あんなナリでも女は女だ。

 寝室に入るのは良くないと思って放っておいたが、この場合は仕方ないだろう。

 

 一応ノックをして中へ入ると、案の定クーラはまだぐーすか寝ていた……というか、なんでこいつ下着姿なんだ。

 黒のレースのパンツにブラ。

 異世界にもパンツとブラあるんだな。

 ロリコンのケはないので全く興奮はしないが。

 せめてもう数年成長した姿だったら話は違ったかもな。


「おい起きろ」

「んにゃ……?」

 

 んにゃ? じゃねえよ。

 夜の王の権威が台無しである。

 寝ぼけ眼で俺を確認すると、「なんだ我が眷属か」とか言って二度寝しようとする。

 ふざけんな。


「冷蔵庫の下から二段目にサンドイッチがある。腹が減ったらそれを食え。血以外も食えるよな?」

「んー……食えんこともなくもなくもなくなくないぃ……」


 どっちだよ。

 

「飲みもんは一番上の扉だ。冷蔵庫はわかるな?」

「あー……わかると思う……」


 これから人が仕事に出かけようってのにこれだけ眠さ全開で対応されるとひっぱたきくなるな。

 とりあえず冷蔵庫のことはわかるようなのんで、「白いデカイ入れ物だからな。壊したり開けっぱにしたりするなよ。あと絶対に外に出るな。絶対にだ」と言い残して俺は会社へ出発するのだった。



 ……不安だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る