第3話:だから一緒に住んでやる

「ふむ、この遠くを映しているとかいうてれびとやらは中々良いものだな。眷属よ、このようなものを作ったことを褒めてつかわすぞ」

「俺が作ったんじゃないし、眷属になったつもりもないからな」


 ソファにふんぞり返ってテレビを見ているクーラ。

 無駄に凝ってる衣装がしわになるぞ。

 いや、本物なんだから衣装ではないのか。


 流石に俺だってここまで来れば本物だって信じるさ。

 実際に血も吸われたしな。


「しかし我が血を吸ったのだからもう眷属みたいなものだろう」

「……まさか血を吸われると吸血鬼になるとか?」


 そういう話は聞いたことがあるぞ。

 しまった、迂闊だったかもしれない。


「その程度じゃ吸血鬼にはなれん。どうしてもなりたいというならしてやっても良いが……」

「なりたくないからしてやってくれなくていい」

「それが賢明だ。この世界は平和そうだしな」


 うむうむと頷くクーラ。

 この世界は平和そう?

 主語のスケールのでかいやつだな。

 日本は確かに平和だけども。


「吸血鬼なのはわかった。信じよう。けど何故俺の家に居座る気満々なんだ。自分の家に帰らないのか? 家出少女ってやつか?」

「帰ろうにも帰れん。あと、別に家出してるわけじゃないし少女という歳でもないからな。お前はさっきから我のことを子供扱いしているようだが、我から見ればお前の方がよほど子供なのだぞ」


 どう見ても中学生くらいのちんちくりんのくせに。

 あ、いや吸血鬼ってもしかして長生きしたりするのか?


「……クーラ、お前何歳なんだ?」

「くははは、我は生まれて1014年である! どちらがガキかよくわかったであろう!」


 ソファの上に立つクーラ。

 衝動的にその小さいあんよを引っ張って転ばせてやろうかと思ったが……


「1014歳のいい歳こいた大人が帰ろうにも帰れないってのはどういうことだよ」

「我はこことは異なる世界から来たのだ。帰る方法はわからんし、帰るつもりもない。あちらは敵ばかりだからな」


 うんざりしたように真紅の瞳を細めながら肩をすくめるクーラ。


 設定が増えたぞ。

 吸血鬼で、1014歳で、異世界からやってきた?

 少年ジャンプなら10週で打ち切られるような話だ。


 しかし今更そこを疑うのも馬鹿馬鹿しい話だ。

 思い返せば、家に入った時点で「この世界の人間は良い暮らしをしている」みたいなことを口走っていたし、そもそも吸血鬼なんて目立ちそうな存在を今まで知らなかったのも異世界にいたから、ということで辻褄は合う。


「家族とかは心配しないのか」

「そんなものはずっと前からおらんわ」

「ふぅん。まあ1014年も生きてればそうなるのか……?」


 家族がいない奴の気持ちはわかる。

 俺もそうだからだ。

 それを聞くとほら血は吸わせてやったんだから出ていけとは言いづらいよなあ……


「で、異世界からやってきた1014歳のクーラはこれからどうするつもりなんだ?」

「1014歳と連呼するな。殺すぞ」


 ギロリと俺を睨みつけるクーラ。

 なんとなく真紅の瞳がちょっと輝いているように見える。

 平和な世界で物騒な言葉を吐かないで欲しいのだが。


「どうするもなにも、眷属の血を吸い続けなければ我はこの世界で生きていけないのだ。だから一緒に住んでやる、喜べ」


 何寝ぼけたこと言ってるんだ、この1014歳は。


「……吸血鬼って人を襲って血を吸うんじゃないのか」

「多くの血を吸うと体内で血が毒になるのだ。最初に血を吸った者か、その血族以外の血は吸えぬ。そもそも襲うとかそんな野蛮なことはせん」


 玄関先で地団駄を踏んで破壊するのは野蛮ではないと言うつもりか?


 にしても、血族か本人からしか血を吸えないとは……献血が同じ血液型でしかできないのと似たような理屈だろうか。

 ていうか、最初にって言ったか?

 いや、人間から吸うのは初めてって言ってたな、そういや。


「俺の血を吸うまではどうやって腹を満たしてたんだよ。異世界で1014年も生きてたんだろ」

「次1014年と言ったら殺すからな、眷属。我が元いた世界では吸血などしなくとも大気中の魔力を取り込めばどうとでもなったからな。だがこの世界には魔力がないようなので、血を吸うことによって自己補完するしかないのだ」

「……お前が本物の吸血鬼じゃなかったら病院へ連れていってるぞ」


 訳わからんことばっかり言いやがって。


「つまり、今の我はお前の血か、お前の子の血を吸うかでしか生き永らえることができん。異世界へ逃げれば安全だと思っていたが、まさかこんな落とし穴があるとはな。くははは、はーっはっはっは!」

「俺に子はいねえよ……」


 何が面白いのか高笑いするクーラを、俺は呆然とした気分で眺めるのだった。

 まさか俺、これから吸血鬼と共同生活を送ることになるのか?

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