第3話 シグリズ:大ピンチ

 俺とナジャフが長竿を伸ばし、先端で床を叩きながら一行は洞窟どうくつの奥へとゆっくり歩んでいた。


「隊長、先ほどのような突出はひかえてください」

 半ば怒り半ばあきれた口調でナジャフは嫌味を言う。


「誰に被害が出たわけでもないし、とくに怒られる筋合いはないと思うんだけどな」

「あそこにわなが仕掛けられていないとある程度把握できたので、各人を評価するために戦ったのですよ。それを隊長であるあなたが功を焦って突出するなんて。幸いレフォア殿やグラーフ殿が補助にまわってあなたを囲もうとしていたスカールをせたからよかったものの」


「功を焦ったわけじゃなく普通に走ったつもりだ。ただふたりの足が遅かっただけじゃないか」


 ナジャフは深いため息を吐いた。


「〈勇者隊〉としての初陣ういじんなのです。誰の足が速いか遅いかは隊長であるあなたが把握はあくしてしかるべき。いくらあなたにとって普通でも、ふたりが追いつけないのでは突出したことと変わりがありません」

「だからこうやって床をたたいているんだろう」

 この行為に飽きてきて嫌気を感じさせながら答えた。


「これはわなが仕掛けられていないかを確認する迷宮探索の基本ですよ。これから〈勇者隊〉としてこの六人で試練に挑み続けることになります。こうした基本にも慣れていただかなければ困ります」


 言い返そうと思った矢先、洞窟が大きく曲がった先に人の手で作られた大きなとびらが現れた。


「ここで待機してください。私が様子を見てまいります」


 ナジャフは用心しながらとびらに近づいていった。


「このとびらわなでも仕掛けられているのか?」


「今〈魔法探知〉の呪文をかけてみたが、魔法の仕掛けはされていないな」

 カセリアは事もなげに答える。

 その間にもナジャフはとびらの周りを注意深く観察していた。

 そして納得した顔で俺たちの元へ戻ってきた。


とびらかぎがかけられていますが、わなは仕掛けられていないようです」

「なら〈解錠かいじょう〉の呪文で開けてしまおう」

 カセリアが杖をとびらに向かって伸ばそうとした。

「いえ、この程度のかぎなら私ひとりでじゅうぶんです。カセリア殿は今後のために魔力を温存しておいてください」


 わかったとカセリアが答えるのを聞くと、ナジャフは〈収納の指輪〉から解錠かいじょう器具を取り出して鍵穴かぎあなをこじ開けにかかった。


「賢者って皆こうなのかな。この姿を見ていると賢者か空き巣狙いかわからないよ」


 さっきの嫌味を意趣返いしゅがえししてみたが、ほどなくかぎが解けた大きな音が聞こえてくる。


 ナジャフが警戒態勢をとるように伝え、慎重に脇に備え付けてある滑車かっしゃを回してとびらを開けていった。

 何かが出てくる様子は見受けられない。


 ナジャフは俺から予備の松明を受け取って火を移し、それを中へ放り込んだ。

 暗闇を照らした松明の光を確認する。

 映った像からするとどうやらそこは地下墓地のようである。


「先ほどよりも強い邪気じゃきを感じます」

 エイシャが隊員以外に聞こえないほど小さくささやく。


「ここにくだんのシグリズがいるのかな」

「いえ、おそらく違うでしょう。奥にもっと大きな邪気じゃきの群れがいます」

 エイシャにならって小声で問いかけた俺を彼女は軽くいなした。


「やはりグレルかもしれませんね」


 スカールとの戦いでレフォアとグラーフの力量は見切った。

 隊員の力量を正確に判断できなければ隊長失格である。

 しかしこと自身の力量に関しては見極められやしないものだ。


 レフォアとグラーフのふたりならばどんな無茶でもやってのけるだろう。

 さやに納められたグラーフの剣には先ほどの『聖なる武器』の奇跡がまだ残っていた。

 今戦っても勝算はある。


 そう思って、

「悩んでいてもしょうがない。いくぞ!」

 身をおどらせてとびらの中へと突入していく。


「おいっ、ちょっと待て!」

 後ろでカセリアが制止するが、無視するように突き進む。

 レフォアとグラーフがあとを追いかけてきた。

 こうなればもはや乱戦あるのみ。


 墓地の地面からは崩れた肉体を保つ魔物が次々と姿を現してきた。

「うおりゃー!」

 目の前の一体へ向け、かけ声とともに魔剣を一閃いっせんするが、さしもの魔剣でもひと振りで身を断つには至らなかった。


 強い。


 そう思い、もう一太刀ひとたち加えようと振りかぶったとき、突如背後に現れた魔物が全身よろい隙間すきまめるくさりかたびらで覆われた脇腹に噛み付いてきた。


「痛っ!」


 くさりかたびらの部分を噛まれたため、牙が脇腹を破らんばかりに食い込む。そのまま脇腹を食いちぎろうとするかのようだ。


 後ろから駆けつけてきたレフォアが〈風鳴かざなり〉を疾駆されて俺の脇腹に食らいついている魔物を一瞬で薙ぎ払った。

 グラーフも追いついてきて自慢の奥義を小出しにしては魔物を一体ずつ〈両断〉していく。


 カセリアが手短に呪文を唱える。

「万能なるマナよ。炎となりて彼の地でぜよ……ファイヤーボール!」


 火球が一直線に敵中へ飛んでいき一息に爆発を引き起こした。


 不死の魔物はえてして火に弱い。グレルとて例外ではなかった。五体の魔物が火だるまになってのた打ちまわっている。


 カセリアにより企図された爆発に巻き込まれた俺は、吹き飛ばされて転がった。幸い不死の魔物の牙が外れた。

 そのおかげで後ろからナジャフの叫び声に気づいた。


「隊長! 戻ってきなさい!」


 くすぶる体を引きずってナジャフの元へ戻ろうとするが体がしびれはじめていて身動きがとりづらい。

 そこへタイミングよく駆けつけたエイシャが患部に聖水をかけて清め、俺を支えながらナジャフたちが待つ位置まで帰り着いた。


 カセリアは俺の様子を見て冷静に判断した。

「こいつが麻痺まひしているとなればやはりグレルか」

 エイシャはすかさず〈解毒〉の奇蹟きせきを祈る。

 〈神の聖印〉がまばゆく光り輝く。

 効果はたちどころに現れた。体の自由が戻ってくる感触を覚える。

 次いで〈治癒〉の奇蹟きせきほどこされていく。


 そのさなかにもカセリアによる火の魔法が飛び交い、レフォア、グラーフの奮戦が続いていた。


「これで突出の怖さがおわかりになりましたか、隊長」

 ナジャフの声色は厳しいが子どもを諭すような口調である。


 奇蹟きせきが成功して麻痺まひと傷が完全にえたので〈封魔の剣〉を力強く握った。

「行ってくる」と言い残すと再び戦線へおどる。


 カセリア、レフォア、グラーフにより三十体いたグレルも八体まで減っていた。火球の魔法は敵が密集していないと効率よく発揮できない。


 それに気づいたエイシャは、呼吸を整えて次の奇蹟きせきを祈った。


「ターン・アンデッド!」


 するとグレルたちの動きがぴたりと止まった。

 うち五体がその場で崩れ去る。


 残る三体をレフォアとグラーフ、そして遅れて駆けつけた俺がたちどころに始末した。



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