第2話 シグリズ:初めての冒険へ

 月が天頂に差しかかっているが、鬱蒼うっそうたる森の中を歩いているため見通しはあまり利かない。

 先頭を歩いている俺と殿しんがりを務めるグラーフの持っている松明の明かりが周囲をわずかに照らしていた。

 俺のすぐ後ろを進むナジャフが方位磁石を巧みに用いながら地図に示された場所へ導いている。


 深い森を進んでいるとやがて開けた場所に出た。

 少し盛り上がったところには三十ほどの墓が立てられているようだ。

 その背後にある崖のはだには大きな洞窟どうくつが空いている。


「ここがシグリズがいるという洞窟どうくつだな」

 額の汗を拭って振り返った。


 金属よろいと背負った装備の重さがこたえる。

 こんなときこそナジャフの持つ〈収納の指輪〉の出番なのだが、今回は相手が不死の亡霊シグリズである。

 〈収納の指輪〉には討伐したのちその周囲を清める聖水の瓶が大量に収められており野営装備は俺とグラーフが分担して背負ってきたのだ。


「そのようですね。ここからは不浄ふじょうな気配を感じます」

 列の三番目を歩いていたエイシャが答える。

 彼女は戦いに赴く際、つねに厚手の全身よろいを身にまとっているという。その胸部には女神セスティナを崇める教団の聖なる紋章もんしょうが刻まれており、その上に金色に輝く〈神の聖印〉が揺れている。


「シグリズに限らず不死の魔物は夜活発に動きます。最上級のドロチともなれば昼夜を問わずに現れますが。ですので朝まで待ってから洞窟どうくつを探索し、首領のシグリズが潜むとおぼしき場所で夜まで待機するべきでしょう」

 紫のローブを着た賢者ナジャフが提案してきた。


「いや、今すぐ突入するべきだ」

「なせだ?」

 黒いローブにミスリル銀製の〈マナの首飾り〉を着けたカセリアが聞き返す。


「まず、こちらの戦力がどれほどなのか確認できていない。もし敵がこちらよりも強ければ帰途きとを封じられて全滅させられるだろう」

「確かにその危険はあるな。だが私の魔法があればシグリズなど恐るるに足りない」


 自慢げに語ったカセリアと向かい合わせる。


「次に、俺たちの任務は敵を殲滅せんめつすることにあって、首領のみを倒して雑魚ざこが残ってしまったのでは本質的な解決にならないからだ」

「なるほどな」

 その説明に皆が納得した。

 俺とて伊達に〈勇者隊〉一番隊隊長に任じられたわけではない。


 皆で急いで背負っていたリュックなどの装備をその場に下ろした。

 前衛を務める俺とレフォア、そしてグラーフの三名が突撃態勢をとる。


「敵がアンデッドなら、あの墓は格好の見張り台です。敵が潜んでいると見て間違いありません」

 ナジャフの進言に俺たちは耳を傾ける。


「グラーフ殿の大剣には魔法がかかっておりませんので、まずエイシャ殿は〈聖なる武器〉の祈りをかけてくだされ。それが完了したらトルーズ隊長とレフォア殿、グラーフ殿は一気に突撃するのです。エイシャ殿は〈ターン・アンデッド〉の奇蹟きせきを準備してください。ただし発動は前衛三名の形勢を見て判断していただきたい。今回はおのおのの力量を確認することが優先です」

「承知致しました」


 さっそくエイシャが奇蹟きせきを祈りはじめた。

 グラーフの大剣が白いきらめきに包まれていく。〈神の聖印〉の助力は凄まじく、大剣のきらめきは太陽の輝きに匹敵するほどであった。


「カセリア殿はここで支援魔法を準備しておいてください」


 彼は不服そうだったが、俺とナジャフの言うように互いの力量がわからないことにはこの先に待ち受けるであろう魔物討伐とうばつにも差しさわりが出かねない。

 今回は支援に徹してくれることとなった。


「よし。レフォア、グラーフ、いくぞ!」



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