第62話:正体

『初めましてだナ、アスカ・サザーランド君。フフフ、会えて嬉しく思ウ』


黒い影が、話しかけてきた。フードで顔は隠れているが、明らかに人間ではない。


「お前は誰だ?」


『その質問に答える必要はなイ。さて、そこにいる愚か者を助けたければ、死んでもらおウ。もしお前が死ぬと言うのなら、ゴヨークの命は見逃してやル』


黒い影は、懐から丸い物を取り出した。ドクンドクンと脈打っている。


「あ、あれはなに!?」


「とても気持ち悪いです!」


「あれがゴヨークの心臓か!?」


「おのれ! ゴヨーク様の心臓を返せ!」


(まったく、子どもだましもいいところだな)


黒い影は見せつけるように、少しずつ握りしめていく。そのとたん、ゴヨークが床に転がりまわった。じたばたと苦しそうにしている。


「かっ……はっ……胸が……! 頼む、助けてくれ……!」


「おい! アスカ・サザーランド! 死ぬと言え! お前の命で助かるのなら、安いもんだ! ゴヨーク様のようなお方は、替えがいないのだぞ!」


ダグードが、俺の胸ぐらをつかんできた。必死の形相で、激しく揺さぶってくる。


「ちょっと、いい加減にしてよ! 死ぬわけないじゃん!」


「そうですよ、アスカさん! こんな人のために、死ぬことはありません!」


「アスカ! 言うことを聞くな!」


俺はダグードを、静かに押しやった。


「おい、アスカ・サザーランド! 聞いているのか! お前の命より……!」


「ダグード、さすがに人を見る目がなさすぎるぞ」


黒い影は、魔法を使っている。ヤツが持っているのは、ゴヨークの心臓ではない。本物に見せかけた、幻だった。


(《イリュージョン・インバリド・ハルシネーション》)


俺は魔法を念じる。幻想や幻覚の類を打ち消す、Sランク魔法だ。その瞬間、黒い影が持っている心臓が消えた。


『な、なニ!?』


「アスカ・サザーランド君! 何してるんですか! 私の心臓が消えたではありませんか! もうダメだ! 死ぬ!」


すぐさま、ゴヨークが騒ぎ始めた。さっきまでのたうち回っていたのに、もう立ち上がっている。


「ゴヨーク、落ち着け。お前はもう苦しくないはずだ」


「え? た、確かに……言われてみれば……」


「自分の胸に、手を当ててみろ。心臓の鼓動を感じると思うが」


俺が言うと、ゴヨークは胸に手を当てた。


「……む、胸がドキドキしています! やった! 心臓が戻ってきたぞ!」


「ゴヨーク様! ご無事で!」


「す、すごいよ、アスカ!」


「もしかして、一瞬で取り返したのですか?」


「私にも見えなかったぞ」


みな、驚いた顔をしている。だが、実際に奪い返したわけではなかった。


「こいつはかなり精巧な幻覚魔法を使って、心臓を奪ったように見せていただけだ。俺はその魔法を無効化した。もちろん、実際に痛みを与えるほどの、とても強力な魔法だがな」


ここまで精度の高い魔法を使えるヤツは、なかなかいない。


(こいつが“邪悪な存在”で、間違いなさそうだな)


「げ、幻覚魔法!?」


「そんなことができるのですか!?」


「まさか、幻だったとは」


『ふ、ふざけるナ! ワタシの魔法は、超一流だゾ! 一瞬で無効化できる人間など、ただの一人もいなかっタ! だいいち、どうやって魔法を発動したんダ!』


「俺は念じるだけで、魔法が発動できる。死ぬほど鍛錬を積んだおかげだ。お前と違ってな」


『ね、念じるだけ……だト?』


相変わらず、黒い影の顔は見えない。しかし、悔しそうな雰囲気が伝わってきた。


「アスカ君、やっぱりあなたに助けを求めて良かった!」


ゴヨークはまた、俺にまとわりついてきた。


「さあ、フードを外してもらおう。正体を現せ」


『……ウワサ通りの強さというわけカ……やはり、何が何でも、ここで潰しておかねばならなイ。……良かろウ。ワタシの姿を見せてやル』


徐々に影が消えていき、ヤツの全身が明らかになっていく。黒い影は、祭服を着ていた。その右手には、古い杖を持っている。


「な、なに!?」


「司祭みたいな格好をしています!」


「すごい魔力を感じるぞ!」


そして、黒い影だった者は、フードを外した。その中からは、朽ち果てた骸骨が現れた。


「うわあ!」


「大変です、アスカさん!」


「こ、こいつは!? みんな構えろ!」


「ゴヨーク様! 本当にこいつと手を組んでいたのですか!?」


「だ、だから、誰だかわからなかったのだ!」


(やはり、思った通りだったか)


俺の予想は、当たっていた。黒い影の正体は、魔族四皇の一角、リッチーロードだ。

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