第61話:教皇の告白

「私は脅されているんだぁぁぁ。心臓を取られているんだよぉぉ。助けてくれぇぇぇ」


ゴヨークは、俺の足にくっついている。鼻水と涙で、顔がぐじゅぐじゅだった。


「ゴ、ゴヨーク様!? いったい、どうされたのですか!?」


「うわっ、泣いてる!?」


「きゃっ、何か飛んできました!」


「気色悪いこと、この上ないな」


しかし、ゴヨークは離れようとしない。ギュッと、俺の足を握っていた。


「“影の方”がぁぁぁ。私の心臓をぉぉぉ」


「落ち着いて話せ、ゴヨーク。“影の方”とは誰だ? 何があった? 順番に話してくれ」


(どうやら、潜入する手間は省けたようだな)


俺はゴヨークを軽く見据えただけだったが、よっぽど怖かったらしい。ゴヨークは、泣きながら話し始めた。


「ぐすっ……全て話します。ある日突然、宝物庫に鏡が出現しました。“影の方”とは、その鏡に出てくるお方のことです」


「それは誰なんだ?」


「私にもわかりません。フードを被っていて、顔は暗くて見えないのです」


もしかしたら、そいつがイセレの言う“邪悪な存在”かもしれない。


「お前はその“影の方”と、何をしている?」


「あの方に命じられて、私は冒険者排斥運動を始めました。それ以外は、何もやっていません」


「ゴヨーク、お前はなぜそんなことを了承したんだ?」


「見返りに、私の黄金像を造ると言われて……」


つまり、ゴヨークは私利私欲のために、あのようなことを始めたのだ。俺たちは、ゴイニアでの出来事を思い出す。


(ハードヘットたちが聞いたら、なんて思うだろうな)


「ゴヨーク様!? それは誠でございますか!?」


「じゃあ、全部自分の黄金像が欲しかったから!?」


「なんて自分勝手な人なんですか!?」


「ゴヨーク! お前は自分がやったことを、理解しているのか!? 一歩間違えれば、冒険者と騎士隊で戦争になるところだったんだぞ!」


仲間たちやダグードは、いっせいに怒りや驚きをあらわにした。特にノエルは、今にも掴みかからんとする勢いだ。だがゴヨークは、うなだれたまま黙り込んでいた。俺は淡々と聞いていく。


「冒険者排斥運動の目的はなんだ? お前が言う“影の方”は、なぜそんなことを頼んだ」


「わ、わかりません……ただ……冒険者は全て殺害しろ、と言っていました」


(冒険者は全て殺害……)


「その鏡はどこにある?」


「はい、執務室にある秘密の部屋です」


「では、その秘密の部屋とやらに案内してもらおうか」


「はい、ご案内いたします。こちらでございます」


ゴヨークは俺たちを執務室に連れて行くと、扉を開けた。隠し扉だろう。そのまま、暗い通路を進んでいく。


「暗くてジメジメしているね」


「うす気味悪いところです」


「まさか、本部にこんな場所があったなんてな」


「ゴヨーク様、私もここに入るのは初めてです」


「当然だ。私以外、誰も入れたことはない」


少し歩くと、大きな部屋に出た。見たところ、宝物庫のようだ。


(ふむ……これはなかなかの品が揃っているな。さすがは、修道会の教皇だ)


一目見ただけでわかるほどの、貴重な品々だ。部屋の中に、ところ狭しと置かれている。


「こ、これは見事です。ゴヨーク様」


「高そうな物がいっぱい!」


「人目に着かないところに隠しているってことは、全て独り占めしていたのですか?」


「お前は欲の塊だな」


中でも、ひと際目を引く物があった。うっすらと黄色く光っている物が積まれている。


(すさまじい量の黄金だ)


そこには、大量の金が置かれてあった。


「うわっ! これ全部金なの!?」


「すごい量です」


「これほど金が集まっているのは、私も見たことがない」


「ゴヨーク様、これはいったい……」


見たところ、長年にわたり集められたようだ。


「一日二日で集められる量ではないな。ゴヨーク、これについても、俺たちに説明してもらおうか」


「あ、いや、それは、関係無いことですので……」


ポンッ。


「全て話すんだ」


俺はゴヨークの肩に手を置く。ゴヨークは、しぶしぶ話し出した。


「こ、これは……長年、騎士隊に集めさせた金です……私は黄金が、何よりも好きでして……」


「ゴ、ゴヨーク様! それは誠でございますか!? 遠征の度に、やたらと金の収集を命ぜられるとは思っていましたが……」


「ゴヨーク、貴様! 私たち騎士隊は命をかけて、モンスターを討伐しているんだぞ! この国全体を守っているんだ! 騎士隊はお前の欲を満たすために、存在しているのではない!」


ノエルがゴヨークに掴みかかった。グイッと胸ぐらを持ち上げる。


「ええい! 黙れ! 私にも事情があるのだ!」


ゴヨークは必死に暴れて抵抗する。俺は二人の間に入った。


「まぁ、待てノエル。まずは、鏡を確認するのが先だ」


「……そうだな。こいつを責めても、時間のムダだ」


ノエルが手を離した。ドサッと、ゴヨークは床に落ちる。


「た、助かりました! アスカ様!」


ゴヨークは急に、表情が明るくなる。


「勘違いするな。俺は別に助けたわけではない。黄金の件も後でしっかりと、騎士隊に説明してもらうからな」


「あっ……」


俺が言うと、ゴヨークは申し訳なさそうに下を向いた。


「さて、鏡を見せてもらおう」


「はい……これでございます……」


ゴヨークは宝の影から、大きめの鏡を取り出した。


「これが例の鏡か」


「普通の鏡に見えるけど……」


「装飾も質素な感じですね」


「何かカラクリがあるのだろうか」


確かに、見た目はただの鏡だ。しかし、俺は不穏な気配を感じていた。


(まさか、こいつは……)


「ぐっ! うううっ! む、胸が……!」


突然、ゴヨークが苦しみだした。胸に手をあてている。


「ゴ、ゴヨーク様!? 大丈夫ですか!? おい、アスカ・サザーランド! 何ボンヤリしているんだ!? ググリヤのときみたいに、早く手当しろ!」


「待て、ダグード。どうやら、敵さんが出てきたようだぞ」


鏡の中に、黒いシルエットが浮かび上がっていく。“影の方”とやらが、その姿を現した。

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