第60話:誤算(Side:ゴヨーク③)

私は食事会の用意を指示しながら、内心ほくそ笑んでいた。あのバカどもは、まんまと罠にかかったのだ。食事の誘いを出したら、あっさりと了承しおった。


(所詮は、貧乏人の冒険者だな。タダ飯が食える、とでも思っているのだろう)


のんきに喜んでいるアスカ・サザーランドどもの姿が、簡単に思い浮かぶ。貴族に食事を誘われたら、誰でも嬉しくなるに違いない。しかも誘ったのは、ただの貴族ではない。修道会トップの、このゴヨーク・カヨブイク様だ。


(私のように高貴な人間と食事できるなんて、たまらんだろう)


そういえば、ダレンバート家のノエルとかいう女もいた。だが、あんな小娘ごとき、どうとでもなる。


「ダグード。食事会には、お前も同席しろ」


「承知しました、ゴヨーク様」


イセレやドソルは、もちろん呼ばない。少しでもアスカ・サザーランドの味方になるようなヤツは、排除するに越したことはない。毒殺が邪魔されたら、それこそ誤算だ。


(あいつらは、四聖をクビにするか)


ヤツらを慕う、他の騎士隊も同様だ。アスカ・サザーランドどもを殺したら、一度テコ入れをする必要がありそうだった。


「ゴヨーク様。どうして、あの者たちと食事などをするのですか?」


「なに、ちょっとした感謝の印だ。感謝のな」


いくら強かろうが、毒には勝てまい。しかも、あの“影の方”が調合された代物だ。無様に苦しむ光景が、目に浮かぶ。


「ゴヨーク様、アスカ・サザーランドたちが到着したようです」


「よし」


まぬけな冒険者どもが、ノコノコ来た。最初は愛想よくして、油断させる。


(バカめ。私にたてついたことを、後悔させてやる)


私は上機嫌で、最後のデザートを運ばせた。先ほど使用人に見つからないよう、コッソリと毒を入れておいた。


(ククク、今日は良く眠れそうだ。さあ、早くお前たちの苦しむ顔を見せろ!)


このたくらみは上手くいった、はずだったのだが……。


「これはなんだ? ゴヨーク」


アスカ・サザーランドが、ケーキから何かを浮かべている。黒い粉だ。どこからどう見ても、“影の方”にもらった毒だ。


(え?)


もしかしたら、何かの魔法を使っているのかもしれない。しかし、それはありえないことだった。


(いや、だって。呪文すら唱えていないはずだ)


アスカ・サザーランドは、魔法を発動するような素振りは見せていない。当たり前だが、魔法を使うには呪文や魔法名を唱えなけらばならない。


(でも、魔法じゃないと、あんなことできないよな?)


「これはなんだ、と聞いているんだ。まさかとは思うが、毒じゃないだろうな?」


「私たちを殺そうとしたってこと!?」


「許せません!」


「墜ちるところまで墜ちたな。騎士隊である私たちの方が、恥ずかしくなる」


頭の中で考えている間にも、どんどん核心をつかれていく。嫌な汗が、ダラダラ流れてきた。なんだか、息苦しい感じまでしてくる。


(いや、落ち着け。毒だという証拠は、どこにもない。知らないフリをすれば、大丈夫だ)


私は必死に、平静を取り繕う。


「さ、さあ、私にはわかりませんな。た、ただの調味料でしょう」


「俺は毒避け魔法の、《ネオ・アボイド・ポイズン》をずっと発動させているんだ。最初の料理が出されたときからな。言い逃れはできないぞ」


(ずっと……発動させている? 《ネオ・アボイド・ポイズン》……を?)


言わずと知れた、Sランクの超一級魔法だ。あらゆる毒を、確実に見つけ出せる。しかし強力な分、とても長い呪文の詠唱が必要だ。


(だから、お前は呪文を唱えていないだろ!)


だが、実際に目の前で魔法が発動している。私は何がどうなっているのか、意味が分からなかった。とりあえず、ごまかしまくる。


「で、ですから、それは調味料で……」


「だったら、お前が食べてみろ」


「調味料なら、食べても平気だよね!」


「毒ではないことを、証明してください!」


「私たちに食べさせようとしたんだから、毒のはずがないよな」


そう言うと、アスカ・サザーランドは私の席に歩いてきた。グイグイと、私に毒を近づけてくる。


(少しでも口に入ったら、おしまいだ!)


私は全力で抵抗する。


「や、やめろ! 私を誰だと思っている!」


「アスカ! 貴様、ゴヨーク様に何をするんだ!」


ダグードが立ちはだかった。


(そうだ、お前は私を守れ! こいつを連れて来て良かった……!)


「ダグード、お前もこいつに、騙されているんじゃないのか?」


「ふ、ふざけるんじゃない! ゴヨーク様を悪く言うな! 私はここを絶対にどかないぞ! ……って、うわっ!」


安心したのも束の間、アスカ・サザーランドは、いとも簡単にダグードを押しやってしまった。背がかなり高いので、私のことを上から見ている。遥か彼方から、睨みつけられている気分だ。


「正直に言った方が、身のためだぞ。ゴヨーク」


ただ見下ろされているだけなのに、とてつもない圧力を感じる。


「な、何を言うんでしょうか、ア、アスカ君?」


ポンッ。


アスカ・サザーランドが私の肩に、軽く手を置いた。


「ゴヨーク、全て話すんだ」


はっきり言って、“影の方”なんか比較にならないプレッシャーだ。私はもう、耐えられなくなった。


「た、頼む、助けてくれえええ!」


私はアスカ・サザーランドにすがりついた。

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