第52話:襲来
ドゴオオオオ!
「がっ……はぁ……!」
試合開始の合図とともに、俺はダグードのみぞおちへ、強烈なパンチを喰らわせた。おそらく特注と思われる防具でも、防ぎきれないほどの一撃だ。ダグードはあっけなく、地面に跪いた。今の一発で、圧倒的な力の差を思い知ったはずだ。
「ゴホッ! ……ゲエエエ!」
ダグードは、しゃがみ込んで吐いている。場内は一瞬で静かになった。観衆の話し声が聞こえるほどだ。ここには、たくさんの騎士隊が集まっている。俺がダグードより強いことを証明すれば、冒険者排斥運動そのものに疑問が生まれるだろう。しかし……。
「おい、ダグード様吐いているぞ」
「具合でも悪いのか?」
「ダグード様、汚いわ……」
「こっちまで気持ち悪くなっちゃう」
彼らには、俺が攻撃したのが全く見えていないらしい。
(これでもずいぶんと、ゆっくり殴ったんだがな)
ダグードに攻撃させて、それをいなしていく方が賢明かもしれない。そう考えていると、ようやくダグードは立ち上がった。ものすごい無理をしているのがわかる。
「き、貴様……ゲホッ……何をした?」
「何をしたって、ただ殴ったたけだが?」
「ど、どうやら……私は油断していたようだ」
ダグードは息も絶え絶えだ。だが、スラリと魔剣を抜いた。その根性は素晴らしいが、まだダメージが残っているのだろう。膝がプルプルしている。
「おい、無茶するなよ。とても苦しいだろうに」
「う、うるさい! 黙れ! 私に恥をかかせたことを、死ぬほど後悔させてやる!」
ダグードは魔剣に、魔力を込め始めた。すぐさま、魔剣が光り始める。
「ぐうううううううううう! はあ!」
魔剣から放出された魔力が、ダグードの周りをバリアのように囲った。見ただけで、非常に堅牢な壁だとわかる。
(ゴイニアの魔法牢より、強固なのは確実だな)
「私は魔力を、自在に具現化することができるのだ! これで貴様は、私に触れることすらできん!」
(ふむ、さすがは、四聖だ。“神がかりの大剣豪”、と呼ばれるだけはある)
「この不届き者め! 覚悟しろ!」
バリアの表面から、魔力が鞭のように襲ってくる。
ヒュンヒュン! ドゴ! ドゴオ!
俺は軽く飛びながら避けていく。叩いた瞬間に地面がえぐれているので、かなり強い力だとわかった。
(ここまで出来る奴は、1万人に1人いるかいないかのレベルだな)
「ハハハハハ! どうしたどうした!? 逃げているだけでは勝てないぞ!?」
ダグードは、すっかり元気を取り戻したらしい。その様子を見て、観客たちも興奮を取り戻した。
「あの冒険者、逃げるので精一杯じゃないか」
「いやぁ、ダグード様はやっぱりすげえや」
「さっきのは、体調が悪かったんだな」
騎士隊だけじゃなく、貴族令嬢の歓声も聞こえる。
「ダグードさまーーー! 頑張ってーーー!」
「すてきーーー!」
「かっこいいですわーーー!」
(やれやれ……手の平を返すとはこのことだな)
逃げているうちに、仲間の席に近づいた。ノエルたちの応援も聞こえてくる。
「何やってるんだ、アスカ! さっさと仕留めろ!」
「アスカさん、頑張ってください!」
「いけーーー! アスカーーー!」
(全く、こっちはこっちで……ん?)
そこで俺は、わずかな空気の振れを感じた。振動の源は、ダグードではない。俺は空を見上げた。はるかかなたに、黒い点のようなものが見える。闘技場に、何か巨大な物が向かってきていた。
(あれは……)
「よそ見するとは余裕だな! くらえ!」
ダグードが、巨大な魔力の塊で殴りかかってくる。俺はこの戦いで、始めて剣を抜いた。
バシュウウウウウウン!
俺は剣圧で、魔力の塊を吹き飛ばす。バリアも鞭も、跡形もなく消え去った。ダグードは呆然としている。
「……え?」
シーン……。
会場が静まり返った。みな、あんぐりと口を開けている。
「おい、ダグード。試合は中止だ。すぐに貴族たちを避難させろ。そして、騎士隊を戦闘態勢に入らせるんだ。何かがここへやって来るぞ」
「……は?」
俺は、遠くの空を示した。ダグードもつられて空を見上げる。
「何も見えないが?」
徐々に、黒い点が近づいてくる。恐ろしく早いスピードだ。遠目からだが、俺はそいつが何かわかった。その正体は……ヨルムンガンドだ。
(ふむ、あいつがここで暴れたら大変だな。しかし、ヨルムンガンドが空を飛べるはずはないのだが……)
理由はわからないが、闘技場を目指しているのは明白だ。
「ダグード! ヨルムンガンドが来るぞ! 早く避難させろ!」
「は? ヨルムンガンド? 意味のわからないことを言うな! そ、そんなことより、私との勝負を再開するぞ! さっきのはまぐれだ!」
俺たちの様子を見て、観衆も異変に気づいた。
「何で試合を中断しちまったんだ?」
「空ばっかり見ているぞ」
「審判は早く再開させろよ」
「ダグード様の雄姿がもっと見たいですわ」
(しかたがない……)
俺は大声を張り上げた。
「おい! 貴族たちは今すぐ逃げろ! 騎士隊は戦闘準備するんだ! ヨルムンガンドが来るぞ!」
シーン……。
一瞬の間をおいて、観客たちはいっせいに笑い始めた。
「「「ハハハハハハハハハハハハハハハハ!!」」」
「おいおいおい! 今の聞いたか?」
「ヨルムンガンドだってよ!」
「ダグード様に勝てないからって、すごい逃げの言い訳だ!」
「でも、さっきダグード様の魔力を吹き飛ばしていなかったか?」
「見間違いじゃねえの?」
「冒険者が嘘つきって言うのは、本当みたいですわね」
(やはり、俺が言ったところで信用しないか)
やがて、辺りの空が暗くなってくる。そこまできて、やっと彼らも何かがおかしいと気づいた。
「なんだか、空が暗くないか?」
「あぁ、晴れてるのに変だな」
「何となく、息苦しい感じがしますわ」
(さて……)
「おい、アスカ!」
「ヨルムンガンドが来てるって本当ですか!?」
「早く逃げようよ!」
俺は仲間のところに走って行く。後ろの方で、ダグードのつぶやきが聞こえた。
「まさか……そんなことが……」
ヨルムンガンドが、その姿を現した。
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