第49話:影の方(Side:ゴヨーク①)

「ゴヨーク様、どちらに行かれるのですか? これから修道会議がありますが……」


「ええい、うるさい、黙れ! どこに行こうと、私の勝手だろう!」


部下を押しやり、私は執務室に入った。部屋の中に誰もいないことを確認する。そして秘密の扉を開け、奥へと進んでいった。


(クソっ、今日は面倒なことばかりだ)


薄暗い通路を歩いていくと、大きな空間に出た。先祖代々、カヨブイク家に引き継がれてきた大事な部屋だ。長年騎士隊に集めさせた、貴重な宝物が納められている。ようやく先代が死に、全て私の物になった。光り輝く宝石、どんな病気も治せるという霊薬、古の魔法が封印されている魔導書、全て珍しく価値のある代物ばかりだ。中でも私が一番好きなのは、黄金だった。金貨、砂金、金細工、世界中のありとあらゆる金を集めている。


(しかし、最近は金も見つけるのは困難になってきたな)


私にとって、騎士隊の最も重要な仕事は、黄金の収集だ。モンスターや魔族の討伐など、正直どうでもいい。それはそうと、今から大事な話がある。


(時間に遅れてしまいそうだ。あのアスカ・サザーランドとかいう、ムカつく冒険者のせいだ)


私は歩みを少し速める。宝物庫の奥から、隠すように置いてある鏡を取り出した。自分の身長ほどある、大きな鏡だ。不思議なことに、ある日突然この部屋に出現した。


(誰もついてきてないな?)


私は後ろを振り返り、誰もいないことを確認する。ここは私以外に入れないことは分かりきっている。しかし、どうしても気になってしまうのだ。私は大きな鏡の前に立った。宝物庫の中で、この品だけ質素な見た目をしている。だが、他にはない禍々しい雰囲気があった。なぜなら、この鏡は……


『遅かったナ、何をしていタ』


「はっ、申し訳ございません。予期せぬ来訪者があり……」


鏡に黒い影が現れた。もちろん、私の姿ではない。鏡の主はフードを被っていて、顔が見えたことは一度もない。私は便宜的に、影の方と呼んでいる。


『アスカ・サザーランドのパーティーだろウ?』


私は心臓が止まるかと思った。まだ何も言っていないのに、なぜわかるのだ。


『フッ、ワタシを甘くみるんじゃなイ』


「……」


この方が誰なのかは、全くわからない。おそらく、人間でないことだけは確かだ。もしかしたら、モンスターか魔族かもしれない。修道会の長が、そのような存在と取引している。このことが外に知れたら、糾弾どころではない。間違いなく、身の破滅だ。もちろん、私がそのようなリスクを犯すのにも、れっきとした理由があった。


『それで、冒険者排斥運動の方は上手くいっているのカ?』


「は、はい! それはもちろん!」


影の方と話すときは、いつも緊張する。


『まだ四聖の中でさえ、意見はまとまっていないようだガ。……上手くいかなかったらどうなるか……わかっているだろうナ?』


プレッシャーが凄まじい。私は急に息苦しくなる気がした。


「た、確かに、まだ反対意見もありますが、時間の問題です! すでに、冒険者排斥部隊の編成をダグードに命じましたので、強行させます! 手始めに、王都で商売をしている冒険者を追い出して……そうだ! あのアスカ・サザーランドとかいう無礼者も……!」


『冒険者は全員殺害しロ』


私の言葉を遮るように、影の方は淡々と言う。全く抑揚のない声から、有無を言わさぬ圧力を感じた。


「……え? ……今なんと?」


『冒険者は全て皆殺しにしろ、と言ったのダ』


「い、いや、それはさすがに」


冒険者を殺せなんて、初めて言われたことだ。そんなことをすれば、冒険者と修道会の全面戦争になってしまう。


ズズズズズズズズズズズズズズズズ! ギュウウウウウウウウウウウウウウウウ!


「ぐあああああああああああああああああああああああああ!」


鏡から光の腕が出てきて、私の心臓を掴んだ。ギリギリと締め上げていく。光の腕を掴もうとしても、実体がないので掴めない。心臓の鼓動が抑えつけられ、息ができない。苦しい。胸が破裂しそうだ。私は床に転がりまわる。


「がっ……胸が……助け……」


『お前はワタシの言うようにしていれば良いのダ』


スウウウウウウウウウウウウウ!


「……かはぁっ!」


光の腕が消えて、心臓が楽になった。私は荒い呼吸を繰り返す。


『別にワタシは、お前をいじめたいわけではなイ。ほラ』


ガラガラガラ!


「おおっ!」


鏡から、黄金がどんどん出てきた。金色の輝きを見ると、さっきまでの苦しみは吹っ飛んでしまった。すかさず、私は黄金を手に取っていく。これは私の金だ。誰にも渡さない。


『冒険者を皆殺しにすれば、黄金でお前の立像を作ってやるゾ』


「私の立像!」


金でできた自分の像が建てられる。こんな喜びが他にあるだろうか。その光景を、私はすぐに思い浮かべていく。


(……なんて素晴らしいんだ)


『それはそうと、アスカ・サザーランドには注意しロ。奴はSランククラスの実力はあル』


「しかし、Sランク冒険者なんて、本当に強いのでしょうか?」


何と言ったか……そうだ、思い出した。最近、エレファンテ家のゴーマンとかいう奴をSランクにしてやった。世間的には名家だが、私から見たら庶民と変わらない。エレファンテは息子に箔を付けたいらしく、賄賂を贈ってきた。まぁ当然、搾れるだけ搾り取ってやったが。冒険者なんて、その程度じゃないのだろうか。


『冒険者といえど、Sランクにでもなればそれなりの強さを持ツ』


「さようでございますか」


にわかには信じがたいが、影の方が言うのだから本当なのだろう。


(念のため、ダグードにも話しておくか)


『良い報告を期待しているゾ』


影の方は消えてしまった。ようやく、私は緊張から解放された。


「ふぅー」


一息つき、私は黄金を力強く握りしめる。冒険者や騎士隊の命など、金に比べれば土くれ同然だ。


「クックックッ。覚悟しとけよ、冒険者どもめ」

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