第48話:邪悪な存在

「初めまして、イセレ・グトートンと申します」


ゆっくりとシスターが立ち上がる。身長はナディアと同じか、それより低いくらいだった。背丈からすると、まだほんの子どもだ。しかし彼女の周りだけ、神々しい雰囲気があった。一般人とは、明らかに違う。さすがは、“奇跡の大聖女”と称されるほどだ。


「俺はアスカ・サザーランドだ。ゴイニアから来た冒険者、と言ってもすでにわかっているだろうがな」


イセレは俺たちの前に来た。近くで見ると、本当に小さい。


「私はナディア、よろしくね」


「ティルーと言います」


俺たちは自己紹介したが、ノエルは面識があるようで特に何も言わなかった。


「モナに呼ばれて来たんだがな。詳しい話を……」


ふと、教会の明かりがイセレに当たった。フードの影になっていた顔が、あらわになる。思った通り、まだあどけなさの残る少女だ。しかしその直後、俺は強い衝撃を受けた。


「おい、その顔はどうしたんだ!?」


彼女の顔は、焼けただれてしまっている。まるで、激しい火傷でも負ったかのようだ。右半分は無残な姿で、もはや見るに堪えない。


「ちょっと、大丈夫!? ひどい傷だよ!?」


「今すぐ、手当された方が良いのではないですか!?」


俺たちは慌てたように言う。しかし、当のイセレは至って冷静だった。


「ご心配には及びません。これは神託を得るとき、同時に神よりいただいた傷です」


「なに、どういうことだ?」


「神からのお告げを受けるのは、身体の負担が大きいのです。かと言って、同情はしないでくださいね。私は自分の務めを果たしているだけです。王都が守られるのであれば、安いものですよ」


イセレはうっすらとした笑みを浮かべているだけだ。その表情には怒りや諦めといった、負の感情はない。自分にしかできないことに、誇りを持っている。


「……神託の内容について話してくれるか?」


「つい先日のことです。このような神託がありました。修道会内に邪悪な存在が現れた、四聖だけでは倒せないほどに強大だ、と。そして、大男の冒険者パーティーが大いに助けてくれる、ともお告げがありました」


だいたい、モナに聞いた通りだった。


「邪悪な存在か。それで、そいつはどんな奴なんだ?」


「それが……黒い影で覆われていて、その正体までは見えなかったのです。今まで、こんなことはありませんでした。神託を妨害できるほどですから、相当な力を持っているはずです」


「ふむ、なるほどな」


「ゴヨーク自体が邪悪な存在なんじゃないの?」


ナディアはしかめっ面をしていた。


「ゴヨーク様自身に、そのような力はないはずです。冒険者排斥運動のことを考えると、十分に怪しいですがね。出会ってすぐで恐縮ですが、まずは邪悪な存在について、私と一緒に調べていただけないでしょうか?」


邪悪な存在がどんな物かは、まだわからない。しかし、危機が迫っているとなっては放っておけない。


「あぁ、もちろん協力しよう。だが、冒険者排斥運動を辞めさせないと、俺たちはまともに動けないと思うぞ。どうにかして辞めさせたいのだが、何かいい案はないだろうか?」


「私たちも頭を悩ませております。しかし、冒険者を排斥したい理由が、全くわからないのです。冒険者の強さを証明できれば、ゴヨーク様たちも考え直すのではないでしょうか」


「アスカはゴイニアでヴァンパイア伯爵を倒したんだよ! それなのに、あの人は全然信じようとしないんだから!」


「推薦状までもらったのに、ビリビリに破られてしまったんです!」


俺たちはゴヨークたちの対応を説明した。


「そうだったのですか。それは大変でしたでしょう。拠点長からの推薦状でさえダメとなると、直接ゴヨーク様の前で証明するしかありませんね」


「ふむ、ゴヨークの前でか」


自分の目で見れば、さすがに信じざるを得ないだろう。


バアアアアアアアアアアアアアアアン!


そのとき、教会の扉が勢いよく開いた。


「うわぁ、な、なに!?」


「アイツめ、後をつけてきたな」


ノエルがボソッと言った。


「アイツ……?」


スタスタと、優男が歩いて来る。金髪に碧眼、女と言われても違和感がないような見た目だった。わざとらしい笑顔が、軽薄そうな印象を与える。しかし、歩き方からかなりの手練れだとわかった。


「やあ、イセレちゃん元気かい?」


「ダグードさん……扉は静かに開けるよう、いつも頼んでいるではないですか」


やはり、四聖の一人だったか。男の顔を見た途端、イセレはがっかりしていた。


「おや? そこにいるのはノエル嬢ではないか。奇遇だね、さっき会ったばかりだと言うのに。しかも、猫人族とウンディーネのお嬢さんまでいるじゃないか。僕は間違えて、天国に来てしまったのかな? いいや、これは現実だ。なぜなら君たちの美しさときたら、天使も敵わないのだから」


次から次へと、キザな台詞を言ってくる。噂どおりの男だった。ティルーは引きつった顔で固まり、ナディアは静かに嘔吐の素振りをしている。ノエルは相変わらずのガン無視だ。そして、ダグードは俺のことなど、眼中にもないようだった。


「さぁ、こんなところに閉じこもっていないで上に……おっと、なんだい君は」


目の前に来て、ようやく俺の存在に気が付いた。


「俺はアスカ・サザーランド。冒険者だ」


「冒険者? あぁ、上で騒ぎを起こした奴か。もしかして、君がノエル嬢と一緒にいるという冒険者かい? 迷惑なんだよな、君のような無礼な人間がいると」


俺は相手をするのが面倒くさくなってきた。そもそも、四聖がこんなところでプラプラしていていいのだろうか。


「聞いた話だと、ゴイニアでヴァンパイア伯爵を倒したとか。ま、僕は絶対信じないけどね」


ダグードは話しながらも、ノエルのことをチラチラ見ている。


「悪いが、今はあんたと話している暇はないんだ」


「僕はゴヨーク様直々に、冒険者排斥運動の先頭に命じられたんだ。凄いだろう、君たちもそう思うよね?」


俺の言う事など、全く聞いていない。この男は自己顕示欲や、承認欲求が強いタイプのようだ。いつもこんな感じなのだろうか。そんなことを考えていたら、クイクイと服を引っぱられた。


「ねえ、この人なんかヤバイよ」


「アスカさん、さっさと追っ払ってくださいよ」


「どうだろう? 僕と勝負をしてみないか? もちろん、今すぐとは言わないよ。なに、修道会ではまだ意見がまとまっていなくてね。強いと噂の君を倒せば、冒険者などいらないと皆思うはずさ」


「ふむ……」


ダグードは早く冒険者排斥運動を始めて、とにかく出世したいのだろう。それだけではない、ここにいる女性陣に良い格好を見せたいらしい。


「アスカ、相手にする必要ないって」


「ナディアさんの言う通りですよ」


ナディアたちはこの男と、これ以上関わりたくないようだった。しかし、俺はダグードの申し出を受けることにした。


「よし、その勝負を受けよう」


これは良いチャンスかもしれない。

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