第46話:馴染みの店(Side:ノエル④)
カランカラン。
「店主はいるか?」
「はい、いらっしゃい……って誰かと思ったら、ノエル様じゃないですか! お久しぶりですね!」
私はアスカたちと別れ、鍛冶屋に行った。馴染みの店だ。魔剣は修道会公認の店でないと、修理や修復ができない。ここは小さいが、店主のヨウシナーはかなり良い腕をしている。そして信頼できる人物でもあった。
「元気だったか? ヨウシナー」
「はい、ノエル様もお元気そうでなによりですよ! ところで、今日はどのようなご用件で?」
「魔剣を折られてしまってな。修理に出したいのだ」
私は魔剣を机に置く。ヴァンパイア伯爵に、真っ二つに折られてしまった剣だ。
「これはまた、手ひどくやられてしまいましたね。ここまでやるとは、相手も相当強かったんでしょう」
「まぁ、そうだな」
ヴァンパイア伯爵のことは言わなかった。ゴイニアの一件は本部に伝わっているはずだが、私の口からまだ話す段階ではないだろう。ヨウシナーもそれ以上のことは聞いてこなかった。
「修理にはどれくらいかかりそうだ? いや折れてしまっているから、新しく作り直した方がよさそうか?」
「そうですねぇ。無理に修復しても、またすぐに折れてしまいそうです。作り直すのをお勧めしますね」
「では、そうしてくれ。ところでヨウシナー、私は今冒険者とともに行動していてな。冒険者排斥運動について、何か知っていることはなかったら教えてくれないか? 久しぶりに王都へ来たら、教皇自らが演説していて驚いたのだ」
ここには修道会の騎士隊も来る。何かしら情報を掴みたいところだ。
「ええ!? あのノエル様が冒険者と一緒に!? あんなに冒険者を厳しい目で見ていた方がねぇ。あっ! もしかして、男ですか? いやぁ、ノエル様もそろそろ良いお年ですもんねぇ」
ヨウシナーは急にヘラヘラしだした。
「ヨウシナー……」
「じょ、冗談ですって! そんなにおっかない目で睨まないでくださいよ! え、えーっと、そうですねぇ……教皇様がゴヨーク様に代替わりしてから、冒険者排斥運動なんて起こり始めましたね。騎士隊の皆さんは元々冒険者を嫌ってましたけど、以前はこれほど過激ではなかったはずです」
「確かに、私が修道会に入ったときも、こんなことはなかったな」
彼の言うように、冒険者を排斥するなんて考えが生まれたのは、ごく最近のことだ。
「修道会全体の意見はどんな感じだ?」
「まだ全体が賛成しているわけではないようです。四聖の中でも意見が対立しているとか何とか……。しかし、教皇様ご自身が先頭に立っていますからね。時間の問題な気がします」
「うーむ」
「私も昔は冒険者に憧れていたものです。今は鍛冶屋なんかになっちまいましたけどね。冒険者を好かないとは言え、排斥なんていくらなんでもやりすぎだと思いますけど……」
カランカラン。
その時、来客を知らせる鐘が鳴った。
「おっと、お客さんだ。ノエル様、ちょっとお待ちください。いらっしゃ……ダグード様!」
ヨウシナーがすぐさま背筋を伸ばす。後ろを見ると、四聖の一人であるダグード・サチニイノがいた。“神がかりの大剣豪”、と呼ばれるほどに優れた剣の使い手だ。しかもレンブルク王国三大名家の一角、サチニイノ家の出身で家柄、才能、実力全てを兼ね備えている。見目麗しいということで、私以外の貴族令嬢は羨望の眼差しで見ているらしい。
「やあ、ヨウシナー。お取込み中かい?」
「あ、い、いえ! ど、どうされましたでしょうか? ダグード様」
四聖がこんな小さな店に来るとは驚いた。彼らには直属の鍛冶屋が付いているはずだ。もしかして、ヨウシナーはダグード専属の職人なのか? いや違うな、これは……。
「なに、天使のように美しいご令嬢がこの店に入るのを見たのでね。一言挨拶しようと思ったのさ。といっても初対面ではないけどね。そうですよね、ノエル嬢?」
一見爽やかな笑顔だが、瞳の奥に下心が見え透いている。ダグードはヨウシナーなど目もくれず、こちらにどんどん近づいてきた。この男は女と見ると、見境なく声をかけてくる。中にはその軽薄さに迷惑している者も多かった。だが、サチニイノ家の跡取りときたら無碍に扱うこともできない。タチが悪いことに、四聖として選ばれるほどの腕前と実績があるので、実質やりたい放題だった。
「何の用だ、ダグード。馴れ馴れしくするな」
さりげなく私の手を握ろうとしてくる。すかさず一歩下がった。こいつと私は修道会へ入隊した時に、何度か挨拶を交わした程度の仲だ。
「おいおい、何の用はないだろう。せっかく君との再会を祝おうと言うのに。君がいたゴイニアは大変だったみたいだね。ヴァンパイア伯爵が攻めてきたんだって? 君の体が無事で、僕は心底安心したよ」
至極あっさりと言った。ゴイニアなんて辺境の地など、どうでもいいと言うことか、はたまた魔族四皇など自分の敵ではないということか。
「アスカ・サザーランドのパーティーが助けてくれたのだ」
「アスカ・サザーランド? 誰だ、そいつは」
「超一流の冒険者だ。剣術も魔法もな。もしかしたら……いや、確実に四聖より強いだろうな」
私が言うと、ダグードは押し黙った。と思ったら、盛大に笑い始めた。
「アハハハハハハハハハ! バカにしちゃいけないよ。魔族四皇を倒せるほど強い冒険者なんて、今までで僅か数人しかいなかったはずだろう」
「ダグード、お前に聞きたいことがある」
「なんだい?」
「冒険者排斥部隊を組織しているとは本当か?」
「あぁ、本当さ。修道会の中には反対意見も多いけど、ほとんど決定事項だね。もう部隊の編成も始めているよ。何せ、教皇様がおっしゃっているのだから。もしかして、ノエル嬢も入りたいの? 君なら大歓迎だよ。手取足取り教えてあげるからさ」
ダグードは隠すかと思ったが、ペラペラ話してきた。別に、話しても問題ないということだろうか。
「そんなことより、どうだい? 今夜食事でも。ゴイニアなんて地方だと何もなかったろう」
「いや、お断りする」
私が言うと、ダグードはきょとんとした。自分の食事の誘いが断られるなんて、これまで一度もなかったとでも言いたげだ。
「まさかとは思ったけど、本当に冒険者なんかと一緒にいるのかい?」
「だから、そうだと言っているだろう。私は忙しいんだ、失礼する」
「あ、ちょっとノエル嬢。待ってくれよ」
そのまま私は店を出た。アスカたちが本部の外で待っている。早く戻ろう。とそこで、女がアスカに話しかけるのが見えた。
「む、あの女は何だ。アスカの奴、また私がいない隙に……!」
私は歩を速めていく。ダグードが何か喚いていたが、私には何も聞こえなかった。
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