第42話:女たちの苦悩 Ⅲ(Side:ナディア①)

「おやすみ、アスカ。ティルーとノエルもね」


お部屋に入ると、すぐに私はベッドへ飛び乗った。洗濯したての良い匂いがする。


「うわぁ~ふっかふかぁ~。今夜はよく眠れそう~。こんなに柔らかいベッドだったら、良い夢が見られるだろうなぁ」


私は目を閉じた。そのまま夢の世界に入っていく……。


「……って、寝る前に今日の分を書いておかないと」


私はカバンから、一冊の本を取り出した。誰にも言ってないけど、私は今冒険小説を書いている。誰かに見られると恥ずかしいから、全部猫人族の言葉にしてあった。


「え~っと、どこまで書いたっけ?」


魔法牢に閉じ込められたり、ヴァンパイア伯爵たちと戦ったりと、書くことが溜まっている。最近あったことを思い出しながら、カリカリと書き始めた。


「そのうち、アスカにちゃんとお礼を言わないとなぁ。アスカのおかげで旅ができているし、強くなれたんだから」


最初は恐ろしかったモンスターも、今は全然怖くなくなった。旅をしながら、アスカが剣術を教えてくれたおかげだ。荒地のモンスターたちだって、教わったとおりに戦っていれば難なく倒せた。執筆に集中していると、猫人族の里が思い浮かんできた。


「勢いで飛び出してきちゃったけど、お父様とお母様は心配しているよね?アランはどうしているかな。弟のくせに生意気なんだから」


私はほとんど里から出たことがなかった。元々、猫人族は外の世界と関わることはあまりなかったけど、私はとても退屈だった。やることと言ったら、勉強とか読書ばかり。本を読んだりするのは楽しかったけど、外の世界にも出て見たかった。そんなある日、私は一冊の本を見つけた。冒険者が世界を旅する物語。ワクワクが止まらなくて、何度も読み返した。ワクワクはいずれ、自分もこんな冒険がしたい、こんな小説を書いてみたい、という気持ちに変わっていった。


「私もそういう冒険がしたくて、お父様たちに相談したんだよね。まぁ、絶対に許してくれるわけないんだけど」


もちろん、冒険に行く許しはもらえなかった。それどころか、もっと真面目な本を読みなさいと怒られてしまった。悔しかった私は、最低限の荷物を持って里を飛び出した。そのまま冒険者ギルドに行って、やっと念願の冒険が出来るとむじゃきに喜んでいた。しかし外の世界の風当たりは、思ったより厳しかった。


「ユタラティの時は辛い目にあったなぁ。でも、アスカに出会えて本当に良かったよ」


アスカと初めて会った時のことを思い出す。


(……どうだナディア、俺とパーティーでも組むか?)


「思わず泣いちゃいそうになった」


手を止めてアスカのことを考えていると、宴のとき横にいた人も思い出した。


「あのノエルって人、すんごいきれいな人だった。あんな人が幼馴染なんて聞いてないよ。しかもスタイル抜群。胸がバインバインしてた。男の人はみんな、ああいう女の人が好きなんでしょ。ティルーだって出るとこ出てるし。あ~あ、また競争が激しくなっちゃった。新しい仲間ができるのは嬉しいんだけどね」


ふと思い立ち、私は鏡の前に立ってみた。小柄な女の子が映る。まだ幼さが抜けきらない顔、凹凸のない体。そして、まな板のような胸。もうじき14歳になるというのに、まだまだ子どもに見えてしまう。


「よっ、ほっ、これはどう」


腕を頭の後ろに組んだり、前かがみになったりと、鏡の前で色んなポーズを取ってみる。何しても子どもが踊っているようで、色気なんかまったくない。


「だめだ~。こんなんじゃ、ティルーにもノエルにも勝てるわけないじゃん」


私はがっくりと肩を落とす。とそのとき、私はあることに気が付いた。現実なら無理でも、本の世界ならどうにでもなる。


「まぁ、いいや。小説の中だけでも大人にしちゃえ。そうだ、なんなら……」


私は妄想の世界にのめり込んでいった。

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