第41話:女たちの苦悩 Ⅱ(Side:ティルー①)

「おやすみなさい、みなさん」


そう言って、私は静かに扉を閉めました。そのままベッドに入りますが、心が落ち着かなくて眠れません。


「少し、外の空気を吸いましょうか」


私は部屋の窓を開けました。冷たい夜風が心地よいです。


「里にいる時は、私が旅に出るなんて思いもしませんでした。誰かと一緒に旅することが、こんなに楽しいものだなんて……。アスカさんには本当に感謝しないといけませんね」


私は元々、ウンディーネが人間と関わることに反対していました。おそらく、長の後継者というプレッシャーで視野が狭くなっていたのでしょう。そして魔水騒動の時は、人間たちがみな凶悪な敵に見えていました。もしあの時アスカさんたちが来なかったらと思うと、今でもゾッとします。


「それにしても、ノエルさんはなんて美しいのでしょう」


腰くらいまで伸ばしたブロンドの髪に、ルビーのような真っ赤な眼、そして透き通るような白い肌。キレイなお人形さんが、そのまま人間になったのかと思ったくらいです。女の私も、うっとりと見とれてしまいました。


「ただでさえナディアさんがいるのに……。また強力なライバル出現です」


私は気づいているのです。ナディアさんもノエルさんも、アスカさんが好きなのです。それなのに、アスカさんは全く気が付かないんですから。思わず殴ってしまいました。


「でも、仲間が増えるのは嬉しいですね。ちょっと複雑な気持ちですが……」


アスカさんへの想いは、今はしまっておきましょう。まだまだ旅は続きそうです。この先何があるかわからないんですから。もしかしたら、アスカさんと今よりもっと親密になることだって……。


「いやいやいや、なに私は邪なことを考えているのですか。たった今、アスカさんへの想いはしまっておくと決めたじゃないですか。何のために旅へ出たのか忘れたのですか。良い長になるために、ウンディーネ一族の発展のために、旅へ出たんですよ」


そうです、私は自分がもっと成長するためにこの旅に出たのです。恋愛ごっこなんかに、うつつを抜かしている暇はありません。とそこで、私はあることに気が付きました。


「あれ?一族を発展させるためには、私の後継者のことまで考えないといけませんよ?後継者をつくるには、誰かと結婚して子どもを産まないといけません」


アスカさんの顔が思い浮かびます。


「いやいやいや、なに私は調子の良いことを考えているのですか。アスカさんは人間ですよ?ウンディーネなんかと結婚するはずがないじゃないですか」


でも、可能性としてはアスカさんに告白されることはあるわけで……。私はその時のことを想像してみます。


(ティルー、好きだ。結婚してくれ)


「いやいやいや、そんな都合の良いことがあるわけ……。でも、万が一告白されたとき、焦って断ってしまったら最悪ですよ?かと言ってすぐに了承したら、それ目当てで旅についてきたのかと思われます。さりげなく断ろうとするも、渋々了承する雰囲気を醸し出す必要がありますね」


これは慎重な言葉選びが必要になりそうです。今のうちに予行演習しておくのは、悪くないかもしれません。部屋の中を見渡すと、鏡が置いてありました。私は鏡をベッドの前まで持ってきます。そのままベッドの上へ座り、真剣に想像します。


(ティルー、好きだ。結婚してくれ)


アスカさんが、私を真摯に見つめています。周りには誰もいません。


「いや、でも、アスカさん。お気持ちは嬉しいのですが、私はウンディーネですよ?それに二人に黙って、こんな話を進めてしまうのは……」


私は斜め下を向いて、申し訳なさそうに言いました。


(それでも構わない。俺はティルーが好きなんだ)


ナディアさんとノエルさんは、遠くでお菓子を食べています。


「いや、でも、アスカさんは人間と結婚された方が……」


そうです、ウンディーネと人間が結婚するなんて聞いたことがありません。


(二人で一緒に暮らそう)


アスカさんにギュッと抱きしめられました。もう私たちを止めるものは何もありません。


「いや、でも……」


私はアスカさんに体を預けます。そのまま、パタリと倒れこみました。

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