第37話:格の違い
「ずいぶんと、好き勝手やってくれたようだ。……覚悟はできてるだろうな?」
俺はノエルの前に立ち、ヴァンパイア伯爵を正面から受け止めていた。何年ぶりかの再会だが、傷だらけの女はノエルだ。一目でわかる。荒地にヴァンパイア伯爵が見当たらなかったので、周囲を探してよかった。どうやら、すんでの所で間に合ったようだ。状況を見るに、ノエルはたった一人でこいつを引き受けたのだろう。そういうところは、昔から何も変わっていない。
『……お主はアスカ・サザーランドだな』
「そうだが、なぜ俺の名前を知っている?」
『フッ、こっちの話さ』
ギイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイン!
ヴァンパイア伯爵が、俺たちから離れた。
「言っておくが、荒地のモンスターどもは全滅したからな。残っているのはお前だけだ」
『お主はかなり強いらしいが、ビッグ・ベヒーモスを倒した者を呼ばなくていいのか?まさか一人で我輩を倒そう、というわけではないだろう。何なら《ホーリー・セイクリッド・グローリールーメン》を発動した者も呼んだっていいぞ?どれ、少し待ってや……』
「あぁ、それは全部俺だ」
「『…………え?』」
ヴァンパイア伯爵とノエルが、同時に気の抜けた声を出した。
「あれは、ア、アスカ……だったのか?全部って……全て一人でやったということか?」
「そうだ」
『ふ、ふ、ふざけるのも大概にしろ!たった一人で、そんなことができるはずがないだろう!我輩を愚弄しおって!』
俺は正直に言っただけなのに、ヴァンパイア伯爵は怒っていた。愚弄した気はなかったが、何か気に障ったらしい。
『もっと力を溜めてから仕留めようと思っていたのだが……まぁいい、お主の血を頂くぞ!』
シュンシュンシュンシュンシュンシュンシュンシュンシュン!
ヴァンパイア伯爵が、一瞬で何体にも分身した。俺たちの周りをグルグルと回っている。みな同じ見た目で、違いがわからない。
「お、おい、アスカ!」
「大丈夫だ」
『フハハハハハハハハハ!これではどれが本物かわからないだろう!どんなに強い冒険者でも、この技の前ではあっけなく散っていった!潔く我輩にお主の血をっほおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!』
ドコドコドコ、ドゴオオオオオオオオオオオオ!
俺は即座に、全ての分身をみね打ちする。そのうちの一体に、確かな手ごたえを感じた。
『う……動きが……まったく……見えな……ゲェー』
ヴァンパイア伯爵は、俺たちの目の前で地面に倒れこんでいた。プルプル震えながら腹を抱えている。さて、今のうちにノエルを回復させよう。
――《オール・キュア》。
キュイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイン。
ノエルの周りを青白い光が包み込む。あっという間に、体中に刻まれていた傷は消えてしまった。痛みから解放されたのだろう、ノエルの表情が和らいでいく。
「こ、これは……《オール・キュア》ではないか。まさか、呪文の詠唱もなしに魔法が使えるようになったのか?」
「ああ、そうだ」
ノエルはあっけにとられた顔をしていた。ヴァンパイア伯爵が、フラフラと立ち上がる。死なない程度に思いっきり攻撃したから、相当なダメージを喰らったはずだ。
『……ゲ、ゲェー……ハァ……ハァ……な、なかなかやるじゃないか』
「ヴァンパイア伯爵、お前に聞きたいことがある」
『フッ……我輩に、聞きたいことだと?』
ヴァンパイア伯爵が、魔力を溜めているのがわかった。何か仕掛けてくる気だ。
『お主の質問に答えるつもりなど……ない!』
ブワアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!
『キィ!』『キィキィ!』『キキィ!』
ヴァンパイア伯爵のマントから、数えきれないほどのコウモリが現れた。俺たちに向かって、猛スピードで飛んでくる。
『フハハハハハハハ、そのコウモリは触れただけで体が腐っていくからな!できれば新鮮なまま血を頂きたかったが、やむを得ん!まずはお主を弱らせるとしよう!』
「ア、アスカ、まずいぞ!?」
「ノエルはそこでジッとしていろ」
俺はコウモリに向かって手をかざした。
『お主の自慢の剣で斬ろうとしてもムダだ!実体が無いのだからな!“聖なる力”の魔法攻撃以外は受け付けないぞ!大人しく観念して……』
――《キドューシュ・ホーリーグリント》。
キュインキュインキュインキュイン!ボオオオオオオオオオオオオ!
『ギ、ギキイイイイイイイイイイイイ!』
手の平から眩いばかりの閃光が飛び出し、コウモリを燃やしていく。“聖なる力”を持った、高熱の光だ。
『な、なに!?』
「というわけだ」
「す……すごい……いつの間にここまで……」
ヴァンパイア伯爵は、ただただ呆然としている。
『こ……こんなことが……人間が呪文詠唱もせずに魔法を使うことなど、ありうるはずが……しかし、今まさに……。ほ、本当にビッグ・ベヒーモスも《ホーリー・セイクリッド・グローリールーメン》もお主が……?』
ヴァンパイア伯爵は必死に、この現実を否定しようとしていた。しかし、この状況を見るに、嫌でも現実だと認識するしかない。
「だから、そうだと言っているだろうに」
『か、格が違いすぎる……』
シュッ!
ヴァンパイア伯爵の姿が消えた。逃げる気だ。
「ア、アスカ!」
「問題ない、目で追えている」
ドゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!
『がっはああああああああああああああああああああ!』
すぐさま、ヴァンパイア伯爵を地面に叩きつけた。ギリギリと体を締め上げていく。
「逃がすわけがないだろう」
『ぐっ……ううっ!』
「“魔王”はどこだ?」
俺が質問すると、ヴァンパイア伯爵の表情が硬くなった。
『……“魔王”様の……居場所だと?そんなもの聞いて、どうする……っ!ぐあああああああああああ!』
俺はヴァンパイア伯爵を、万力のように締めつけていく。魔族四皇なら、“魔王”について何か知っているはずだ。
「知っていることを全て話すんだ」
『わ、わかった、話すから少し力を緩めてくれ……!』
逃がさない程度に、押さえつけている力を少しだけ抜いた。
「さぁ、力を抜いてやったぞ。早く話せ」
『ま、“魔王”様は…………実は……うぎゃああああああああああああああああ!』
「おい、どうした!」
突然、ヴァンパイア伯爵は鋭い叫び声を上げた。そのままガクガク痙攣したかと思うと、次の瞬間には絶命してしまった。
「大丈夫か、アスカ!?」
ノエルが慌てて近寄ってきた。その間にもヴァンパイア伯爵を揺すったりしているが、全く動かない。本当に死んでしまったようだ。
「俺は大丈夫なんだが……どうやら、“魔王”について話そうとすると死ぬらしい。貴重な情報源が……」
とそのとき、荒地から騎士隊の歓喜の声が聞こえてきた。モンスターどもを全て倒したようだ。ナディアやティルーも、一緒になって喜んでいる。“魔王”に関する情報は得られなかったが、とりあえず目前の危機は去った。
「アスカ……本当にありがとう。騎士隊を代表して、感謝の意を表する。お前が来てくれなかったら、今頃ゴイニアはどうなっていたことか……。いくら礼を言っても足りないくらいだ」
「いや、礼などいいさ。人を助けるのが、冒険者の一番大事な仕事だからな」
俺はゆっくりと立ち上がる。今はゴイニアと騎士隊たちの、被害状況を確認することが先だ。それに、ナディアやティルーのことも心配だった。俺はノエルを正面からジッと見る。
「ど、どうした、アスカ。私の顔に……」
「それはそうと、女らしくなったな、ノエル」
「なっ!…………バ、バカ!こんな時に何を言ってるんだ!戦いに勝ったといっても、まだまだやることはたくさんあるんだ!さっさとゴイニアに戻るぞ!」
しかし、ノエルは顔を真っ赤にして怒ってきた。プンプンしながら、荒地に歩いて行ってしまう。
「ちょっと待ってくれ、置いてくなよ」
どうしてそんなに怒るのだろう。とてもきれいになった、という意味だったんだが……。
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