第36話:再会(Side:ノエル②)

キイイイイイイイイイイイイイイイイン!ズバアアアアアアアアアアアアアア!


『ほらほら、どうした。お主はその程度の実力なのか?』


「……っ!」


さっきから私は、ヴァンパイア伯爵の攻撃をさばくので精一杯だ。あっという間に傷ついてく体が、ズキズキと痛む。しかし、気を抜くことはできない。少しでも油断したら、その強靭な爪で真っ二つに引き裂かれてしまうだろう。


「くっ……このっ!」


『修道会の中でも、お主はずば抜けた才覚を持っているらしいな。しかし、どうだ?それほどの才女でさえ、このざまではないか。大人しく降参してもいいんだぞ?』


「黙れ!」


ガキイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイン!


『ほう……』


渾身の一振りでヴァンパイア伯爵を弾き飛ばした。だが、私の本気の一撃を喰らわせてもこいつは無傷に近い。認めたくないが、絶望的なまでの差を感じてしまう。私は後ろに飛んで距離をとり、呼吸を整える。


「……ハァ……ハァ…」


『まったく、お主に限らず人間は本当にしぶとい。いい加減にしてほしいものだ。なぜそこまでするのだ?すでにお主は傷だらけで、立っていることすら辛いだろうに』


こいつの言うように、私の体はボロボロだ。切り裂かれた腕や脚から、血がダラダラと流れている。体の感覚だと、骨も何本か折れているようだ。長期戦では勝ち目がないことは明白だった。


「はあああああああああああああああああああああああっ!」


私は残っている魔力を、全力で魔剣にこめる。同時に、魔力を“聖なる力”へと練り上げていった。炎や水などの属性を付与したところで、こいつに大きなダメージが与えられるとは思わない。魔力のほとんどを使い切ってしまうが、この一撃で決めるしかない。魔剣が神々しく輝き始める。


『おお、まだそんな力が残っていたのか。しかも“聖なる力”が扱えるとはな……はっきり言って驚いたぞ』


「くらええええええええええええええええっ!」


全身全霊でヴァンパイア伯爵に斬りかかった。相打ちでもいい。私は死んでもこいつを倒す。


『フッ、哀れだな』


バキイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイン!


「なっ、私の魔剣が……!」


ヴァンパイア伯爵が、手刀であっさりと魔剣を叩き折った。折られた剣先が、遠くの地面に突き刺さる。


『“聖なる力”と言ったところで、所詮は聖人や聖女たちの足元にも及ばん。モンスターどもならいざ知らず、我輩は魔族四皇であるぞ』


ヴァンパイア伯爵は、ゆっくり近づいてくる。ジリジリと間合いが詰められていった。


「……ハァ……ハァ……ぐっ、まだだ!」


私は折れた魔剣を力強く構える。


『もう諦めろ。お前たち人間が、我ら魔族に勝てるわけがないのだ。お前は私に殺され、ゴイニアの人間もすぐに死ぬ』


「諦めるわけがないだろう!私はまだ死んでいないぞ!それに、王国騎士修道会は優秀な人間の集まりだ!決して貴様らなんぞに負けはしない!」


ズシン……!ズシン……!!ズシン……!!!


そのとき、わずかに地面が揺れているのを感じた。


『フッ、荒地の方を見てみろ』


私はヴァンパイア伯爵を見据えたまま、視線だけ荒地に向ける。


「あ、あれは!?」


『そう、あれは伝説のSランクモンスター、ビッグ・ベヒーモスだ。さすがの私も、手なずけるのに苦労したぞ。これでわかったろう。お前たち人間は、我々に皆殺しにされるのだ』


ビッグ・ベヒーモスは、城壁へ向かってズンズンと歩いてく。あんな巨大なモンスターに攻められたら、城壁なんて難なく突破されてしまうだろう。いくら優秀な騎士隊といえ、勝てるかどうかわからない。もう、ゴイニアはおしまいなのか……?


「お、おのれ……」


『さて、そろそろメインディッシュを頂くとしよう』


カアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!


突然、辺りが昼間のように明るくなった。それはまるで、夜に太陽が姿を現したようだ。


『な、なんだ!?……ぐぅぅぅぅぅぅぅっ!これは……《ホーリー・セイクリッド・グローリールーメン》ではないか!なぜだ、大聖女たちは王都にいるはずだ!』


「……いったい誰が……?」


私は夢でも見ているのかと思った。しかし、荒地の方で立て続けにモンスターが消滅していく。間違いなく、これは《ホーリー・セイクリッド・グローリールーメン》だ。


『な、なぜかはわからんが増援が来たようだな。だが、モンスターはアンデット系以外にも大量に用意しているのだ!お主たちが死ぬ運命は変わらん!そもそも、ビッグ・ベヒーモスをどうにかしないことには……』


ズバアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!!!


『ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!』


ズウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウン!!!


次の瞬間には、ビッグ・ベヒーモスの首が吹っ飛んだ。断末魔の叫び声が荒地に響き渡る。良く見えなかったが、何かに斬られたらしい。


『なに!?ビ、ビッグ・ベヒーモスがやられただと!?』


ヴァンパイア伯爵の顔に、焦りの色が見え始めた。誰かはわからないが、私たちの味方であることは確かだ。この危機的状況に、希望の光が差し込んできた。


「さすがに……想定外だったか?」


『い、いや、まだモンスターは無数にいる!それもDランクやCランクのザコばかりではない!SランクやAランクの選りすぐりの精鋭たちだ!いくら修道会が強かろうがひとたまりも……あ、あれは…………なんだ?』


遠目に騎士隊が、次々とモンスターを倒しているのが見える。そして、なぜだか全員が赤い光に薄っすらと包まれていた。ある者は空高く飛びあがり、ある者は一撃でモンスターを吹っ飛ばしたりと、全員人間離れした動きをしている。


『こ、これは……どういうことだ。騎士隊にあんな力はないはず……』


ズバズバズバズバズバ!ズバアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!


『グワアアアアアアアアアアアアアアアアアア!』『ギャアアアアアアアアアアアアアアア!』


『あ、あの騎士はなんだ!?』


前線で縦横無尽にモンスターを倒している騎士がいた。明らかに、他とは別格の動きをしている。しかし、ゴイニアにあんな小柄な騎士はいただろうか。


ドンドンドンドンドン!グサグサグサァァァァァァァァァァァァァァァ!


『グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!』『ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!』


『な、なにぃ!?』


いきなり、空から数えきれないほどの水のドラゴンが降ってきた。矢のようにモンスターを打ち抜いていく。今や荒地で立っている敵は、わずか数体しかいなかった。


「どうやらご自慢のモンスターどもは、ほとんどやられたみたいだな」


これは奇跡だ。神が救世主を呼んでくださったのだ。


『ま、まさか……こんなことが……』


ヴァンパイア伯爵は、もはや動揺を隠そうともしない。


「降参するのは貴様のほうだ」


『クッ、こうなったらお主だけでも始末してやるわ!』


そう言うと、もの凄い勢いで私に向かってくる。もう抵抗する力は残っていない。私の命も、ここまでか……。私は死を覚悟し、静かに目を閉じた。


キイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイン!


『なっ……なに……!』


「……え?」


私は恐る恐る目を開ける。目の前に大きな男の背中が見えた。ヴァンパイア伯爵から私を守るように立っている。


「久しぶりだな、ノエル」


まさか、そんなことがあるわけない。しかし、この感じは……間違いない…………彼だ。


「ア……アスカ?」


私はずっと探していた男の名前を、呟くように言った。

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