第35話:ヴァンパイア伯爵(Side:ノエル①)

「城壁が見えてきたな。お前たち、もうすぐゴイニアの街に着くぞ」


私たちは国内の哨戒を終え、ゴイニアへの帰路についていた。


「しかし、あのゴーマンとかいう冒険者には苦労させられましたね。あんなに凶暴な冒険者は見たことがありませんよ」


「うむ、そうだな」


毎度のことながら、冒険者どもには手を焼かされる。今回は特に疲れた。そして、結局アスカも見つけられなかった……。離れ離れになってから、もう何年も経つ。恐ろしく強い大男がいるというウワサがあったので、もしやと思ったのだが……。


「ん?」


城壁の周りで、たくさんの火が焚かれている。夜に明かりを灯すのは普通のことだが、いつもよりずっと数が多い。火の前をチラチラと、人影が慌ただしくうろついていた。どこか異様な雰囲気を感じる。さらに、風に乗って人の悲鳴のような声が聞こえてきた。


「ノエル隊長!様子がおかしいです!」


「一度全員止まれ!」


私は足を止め、荒地の方をよく観察した。少しずつ目が闇に慣れてくる。……何と言うことだ、騎士隊が無数のモンスターに襲われているではないか!


「ゴイニアがモンスターに襲撃されているぞ!それもかなりの数だ!全員急いで走れ!」


私は部隊に号令をかけた。闇が深くて、ここからでは状況が良く分からない。しかし、モンスターの数が異常に多いことだけはわかった。


「大変だ!」


「走れーーー!」


「街にモンスターを入れさせるなーーー!」


ドゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!


「ぐっ……なんだ!?」


ゴイニアへ走ろうとしたとき、いきなり目の前に何かが落ちてきた。徐々に土煙が消えていく。月明かりに照らされ、背の高い何かがゆっくりとその姿を現した。真っ赤な目に、口から飛び出した牙、そして漆黒のマントを羽織っている。まさか、こいつは……。


「き、貴様は!……ヴァンパイア伯爵!」


『いかにも、我輩はヴァンパイア伯爵だ。どうぞよろしく』


あろうことか、目の前に立っているのは魔族四皇のヴァンパイア伯爵だった。実際に魔族四皇を見たのは、私も初めてだ。なぜここに、こんな大物がいるのだ。


「うわああああああああああ!」


「ひいいいいいいいいいいい!」


「魔族四皇だあああああああ!」


部下たちは一斉に悲鳴を上げ始める。相手が魔族四皇とあっては、いつもの冷静さを保てないのも無理はない。


「ひるむな!こいつがここにいるということは、ゴイニアを襲っているのは手下どもだ!」


『ほお……ご名答だ。お主はなかなか骨があるな。我輩の姿を見ても怖気づかないとは』


どうしてヴァンパイア伯爵がここにいるのか。なぜゴイニアに攻めてきたのか。私の疑問は尽きない。しかし、今はゴイニアにいる住民と騎士隊の安全が最優先だ。


「お前たちはすぐにゴイニアへ向かえ!こいつは私が何とかする!」


「し、しかし、ノエル隊長!さすがに、お一人では!」


「いいから早く行け!」


私は部下たちをゴイニアに向かわせる。荒地にどれだけ強力なモンスターがいるのか、まだ検討もつかない。


『フッ、逃がすわけなかろう』


ヴァンパイア伯爵の姿が一瞬で消えた。まずい!


ギイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイン!


「……くっ!」


「ノエル隊長っ!」


私は部下を襲おうとするヴァンパイア伯爵を、魔剣で必死に受け止めていた。鎧ごと切り裂こうという強烈な一撃だ。今まで戦ってきたどんなモンスターよりも、はるかに重くて力強い。


『我輩の動きを見切ったか、なかなかやるな。せっかくだ、相手をしてやろう』


「お前たち、早く行け……!」


「ノエル隊長!……すみません!」


ダダダダダダダダダダッ!


部下たちは城壁へ走って行った。私は魔剣を構え直す。


『ふむ、お主は相当できる奴だな。血の匂いでわかる。これはかなりの上物だ』


ヴァンパイア伯爵は、私を見て嬉しそうに舌なめずりしている。とてつもなく不気味な笑顔だった。こんなにゾッとしたことは、今までにない。


『前菜しかいないと思っていたが、とんだメインディッシュだな』


「ふざけるな!人間は貴様らの食糧ではない!」


私は魔剣に魔力を込め、感覚を研ぎ澄ましていく。


『どうやら、ここにいる騎士隊の中でお主が一番強いようだ。一人で我輩を倒そうという、その心意気は素晴らしい。しかし、部下を全員向かわせてしまって、本当に良かったのか?…………お主、すぐに死ぬぞ?』


「貴様は私が倒す!」


今ここでこいつを倒さなければ、ゴイニアの被害は想像もつかない。もちろん、私が死ぬ可能性も十分すぎるほどある。かと言って、逃げるわけにはいかない。あの日、私は誓ったのだ。いつか自分も、人を助けられるくらい強くなると。

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