第33話:最強のDランク冒険者(Side:ハードヘッド②)

「どうやら、本当にヴァンパイア伯爵が攻めてきたようだ」


「アスカの言う通りだったでしょ?」


「むやみやたらと、人の言うことを疑うものではありません」


私の後ろで、聞き覚えのある声がした。この前捕らえた、怪しい冒険者どもの声だ。いや、しかしそんなはずはない。あいつらは最強最大に鉄壁の魔法牢へ閉じ込めたじゃないか。そこから出てくるなんて、絶対にできるわけがない。そうだ、モンスターが化けているに違いない。私は恐る恐る後ろを振り向く。


「見たところ、苦戦しているみたいだな」


「でも、もう大丈夫だよ。アスカと私たちが来たからね」


「助太刀しましょう」


そこには巨人のような大男、猫人族の幼女、ウンディーネの娘が平然と立っていた。しかし、モンスターが化けているような気配は全くない。


「お、お前たち!?どうやって魔法牢から脱出したのだ!?」


「脱出って言っても素手でぶち破っただけだが。ところで、あのモンスターどもを全滅させるから、魔法牢をぶっ壊したことは水に流してくれないか?粉々にしてしまったのだ」


素手でぶち破る?ぶっ壊した?粉々にした?…………だから何を?あっ、魔法牢のことか。


「そ、そうだな。奴らを全滅してくれれば、助かるどころではないが……」


私は頭が追いつかなくて、適当な返事をしてしまった。


「そうか、それはありがたい。まずは、モンスターどもの進行を止めないとな」


大男が荒地に向かって手をかざす。


「いや、お前何をやって……」


ウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウン。


『ギイイイイイイイイイイイイイイイイイ!』『ガアアアアアアアアアアアアアアアアアア!』『ゴアアアアアアアアアアアアアア!』


直後、重い音が響いた。そしてありえないことだが、一斉にモンスターの動きが止まった。空を飛んでいるモンスターは、次々と地面へ落下していく。


「す、すげえ……」


「ハードヘッド様!モンスターどもの動きが止まりましたよ!」


「俺は何を見ているんだ?」


私だって、こんな光景を見るのは初めてだ。あの伝説級モンスターのビッグ・ベヒーモスでさえ、足の指一つ動かせていない。


「お、お前は何をしたんだ!?」


「何って、《ナンブネス・パラライシス・バインディング》を発動しただけだぞ」


「ナ、《ナンブネス・パラライシス・バインディング》だと!?そんなわけあるか!バカにするんじゃない!」


余裕でSランクの超一流魔法だ。その魔法を喰らったものは、強烈な金縛りにあったように身動きが取れなくなるという。しかし、こんな大規模に発動させるなんて、それこそ大賢者ですら不可能だ。


「そもそも、お前は呪文の詠唱も何もしていないじゃないか!」


こいつは手をかざしただけだ。そんなことで魔法が発動できるなんて、天と地がひっくり返ってもあるわけない。


「俺は念じるだけで魔法が発動できるんだ。次は、ケガ人を回復させるとしよう」


「…………は?」


この男は頭がおかしいのか?念じるだけで魔法が発動できる?そんな夢物語があってたまるか!


キュイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイン。


「な、なんだ!何が起こっている!?」


突然、私たちの周りを青白い光が包み込む。こいつが何かしたに違いない。しかし、どうしたわけか体が楽になっていくような……。


「お、お前いったい何を!?」


とそのとき、騎士隊が喜びの声を上げ始めた。


「す、すげえ!体の傷が治っていくよ!」


「ハードヘッド様!奇跡です!あっという間にケガが治っていきます!」


「もしかして、あんたがやってくれたのか!?」


部下たちが大男を取り囲む。何ということだ。彼らの傷が、跡形もなく消え去っている。


「《オールエリア・キュアリカバリー》を使ったから、この辺りにいる騎士隊のケガは完治したはずだ」


《オールエリア・キュアリカバリー》……。とてつもなく広範囲の全回復魔法だ。このレベルの魔法を使える<魔法使い>は、間違いなく国内トップクラスだと言える。というかこれだけ大技を連発しているのに、なぜこいつは息切れ一つしていない?魔力の消費量がとんでもないはずだろう。


「お、お前は何者なんだ……」


「これでとりあえずは大丈夫そうだな」


「おい、あんた!吸血鬼にされちまった奴がいるんだ!そいつらも何とかしてくれないか?」


部下たちが大男を、例の部屋へ連れて行った。その中には吸血鬼にされた騎士隊が押し込まれている。


「そこの部屋にいる奴だな。ちょっと待ってろ」


「あっ、待て!勝手なことをするんじゃない!」


大男が部屋の扉を開けてしまった。吸血鬼となった部下たちが、勢い良く飛び出す。


「血をよこせええええええええええええええええええええええええ……………………あれ?」


どうやら、おかしいのは私の頭みたいだ。部下たちが大男に飛びかかった途端、正常な人間に戻っていく。禍々しい雰囲気も、きれいサッパリと消え失せていた。


「な、何が……」


「これでよし。いや、別に見てればわかるだろう。《カース・ラ・マリディクション》で呪いを解いたんだよ」


《カース・ラ・マリディクション》……。あらゆる呪いを解く、最大級の解呪魔法じゃないか。魔力を究極まで練りこまないと、自分が呪われてしまう危険な魔法と言われている。しかも、呪文の詠唱だけで数分はかかるはずだ。も、もしかして、本当に念じるだけで魔法が使えるのか?


「おっと、そろそろ《ナンブネス・パラライシス・バインディング》の効果が切れる頃だ。またケガをしてもつまらん。騎士隊全体に強化魔法をかけるからな」


ブウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウン!


部下たちが赤っぽい光に包み込まれる。


「おおっ!体に力がみなぎってくる!」


「ハードヘッド様!力が溢れ出てくるのを感じます!」


「これならモンスターどもなんて敵じゃねえよ!」


「今度は何をしたんだ……?」


一度に色んなことが起こりすぎて、私はもう疲れてしまった。


「《オールアビリティ・インクリーズ・アンプリファイ》を使ったから、攻撃力、防御力、瞬発力、その他もろもろ全ての能力が上昇しているぞ」


「「「おおおおおおおおおおおおっ!!!」」」


《オールアビリティ・インクリーズ・アンプリファイ》……。この魔法を発動できるクラスの<魔法使い>は、もはやこの世には……もういい!


「って、あれ?あいつはどこ行った?」


瞬きをした瞬間に、いつの間にか大男は姿を消している。キョロキョロと周りを見ても、どこにもいない。ひょっとして、私は幻覚でも見ていたのか?


「もう荒地に行っちゃったよ」


「アスカさんならあそこにいます」


猫人族の幼女とウンディーネの娘が、そろって荒地を指差している。


「え?いやだって、今ここに」


カアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!


『ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!』


突然、辺りが昼間のように明るくなった。と思ったら、次々とアンデット系のモンスターが消滅していく。


「な、なんだ!?何が起きている!?もしや、新手か!?」


この期に及んで、神はまだ私を苦しめたいのか。


「ハードヘッド様!ゾンビの群れが蒸発していきます!信じられません!天から聖なる光が差し込んできました!」


「せ、聖なる光だと?いったい何がどうなっているんだ!」


さっきから予想もしないことが起きすぎていて、私は泣きそうだった。


「アスカが魔法を発動したんだよ」


「この感じは《ホーリー・セイクリッド・グローリールーメン》ですね。いやはや、さすがはアスカさんです」


《ホーリー・セイクリッド・グローリールーメン》…………だと?大聖女が数人がかりで、ようやく発動できるレベルの魔法だ。たった一人で発動するなんて、聞いたことがない。


「あ、あいつは……名の知れた<魔法使い>なのか?」


もしかしたら、大賢者の優秀な弟子かもしれない。そうか、あいつが後継ぎになるのか。魔法牢にぶち込んだことが思い出される。私が日の目を見ることは、この先もうないのだろう。


「<魔法使い>じゃなくて<魔導剣士>だよ」


「アスカさんは剣術も素晴らしいんです」


小娘二人は、のほほんとしている。それを見て、私は今の状況をハッと思い出した。


「お前ら何をのんびりしてるんだ!ア、アンデット系以外にも、モンスターは無数にいるのだ!トロール!デーモン!ミノタウロス!ワイバーン!狼男!ビッグ・ベヒーモス!どうだ!もうこの街はおしまいだ!私たちが置かれているのは、そんな絶望のどん底の……!」


そのとき、大男がビッグ・ベヒーモスに飛びかかっていくのが見えた。光に反射して、大男の手元がキラッとした。私が没収した剣を持っているらしい。良い品だったが、何の能力もない剣だ。そんなものでビッグ・ベヒーモスを倒せるはずがない。


「命知らずな……」


ズバアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!!!


『ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!』


ズウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウン!!!


「…………え?」


思わず私は目をこすった。ビッグ・ベヒーモスの首が、あっけなく斬り落とされている。あの剣は魔剣でも何でもない。つまり、ただの剣であの伝説のビッグ・ベヒーモスを斬ったってことだ。…………そんなことある?


「おい、今の見たか!?一撃だぜ?たった一撃でビッグ・ベヒーモスを倒しやがった!」


「俺、感動しちゃった」


「ハードヘッド様!あの冒険者は救世主だったんですよ!」


「救世主……?ま、まさか……」


私は未だに、目の前で起きていることが信じられなかった。しかし、これは全て現実なのだ。


「俺たちも続けーーー!遅れをとるな!」


「戦いで恩返ししろ!」


「王国騎士修道会の意地を見せるんだ!」


「「「突撃いいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!」」」


騎士隊はモンスターの攻撃をもろともせず、どんどんなぎ倒していく。さっきまでの惨敗ぶりが嘘のようだった。


「ナディアさん、私たちも負けてはいられません!」


「うん!私も加勢しなきゃ!」


猫人族の幼女はそう言うや否や、すぐさま荒地に向かう。


ズバズバズバズバズバ!ズバアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!


『グワアアアアアアアアアアアアアアアアアア!』『ギャアアアアアアアアアアアアアアア!』


目にもとまらぬ速さとはこのことか。次から次へとモンスターを斬っていく。正直言って、我らの騎士隊より剣捌きが優れていた。そしてウンディーネの娘は、ずっと呪文を詠唱している。


「……《アーグワ・グランデ・ネオ・ドラゴーネダイブ》!」


ドンドンドンドンドン!グサグサグサァァァァァァァァァァァァァァァ!


『グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!』『ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!』


突如、天空から水のドラゴンが矢のように降ってきた。次から次へと、モンスターどもを容赦なく貫いていく。もう荒地には、数えるほどしかモンスターはいない。私はゆっくりと部下に尋ねた。


「な、なぁ、あいつらの冒険者ランクはいくつだったっけ?」


部下が彼らから取り上げたギルドカードを確認する。


「Cランク……いや…………Dランクですね!」


「ヘ、ヘぇー…………そっかぁ」


いや、マジか。今どきの冒険者は、Dランクでもあんなに強いのかよ。

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