第32話:満月の夜(Side:ハードヘッド①)
「ハードヘッド様、今夜は満月がきれいですねえ」
私は月を肴に、部下たちと酒を飲んでいる。満月を見ながらの酒は格別だ。部下の一人に尋ねる。
「あの冒険者どもはどうしている?」
「はい、それはそれは静かなもんです。おおかた、魔法牢の圧力に屈したに違いありません。死ぬまでこのままなんじゃないかと、ビクビク怯えているはずです」
私たちに歯向かうからそんな目に会うのだ。愚か者どもめ。
「しかし冒険者の言うことなど、全く当てにならんな。何がヴァンパイア伯爵が攻めてくるだ。そんな気配はどこにもないじゃないか」
荒地の方を見ても、いつもと何も変わらない。DランクやCランクの弱小モンスターがうろついているだけだ。いたって平常も平常。平和そのものだ。
「あっ、ハードヘッド様。そろそろ荒地の警戒に出ていた騎士隊が帰ってくる頃です。彼らにも酒を分けますか?」
荒地の向こうから、騎士隊の一行がこちらへ歩いてきていた。
「そうだな、これほどまでに美しい満月だ。せっかくだから飲ませてやろう」
私は自分のセリフに酔いしれてしまう。なんて寛大な上司なのだろう。いいや、寛大なだけじゃない。男らしい顔つきに柔軟な思考回路を併せ持った、これ以上ないほどのいい男だ。しかし、ノエルときたら私のことなどまるで相手にしない。今は国内の哨戒に出ているが、帰ってきたらたっぷり……。
「よお、お前ら!ハードヘッド様が酒を分けてくれるってよ!こっちにこいよ!」
しかし、部下の大声で現実に引き戻された。私の崇高な考え事を邪魔しおって。
「ほらっ、こっち来いって!」
「あ……ありがとう……ございます……」
騎士隊はフラフラと歩いて来る。荒地で強力なモンスターにでも遭遇したのか?ひどく疲れている様子だ。私はねぎらいの言葉をかける。
「どうした、お前たち。何かあったのか?酒でも飲んで少し休め」
「……こせ……ちお……ちをよ……」
しかし騎士隊は、ぼそぼそと何かを呟くだけだ。何を言っているのだ?
「ちおよ?何だ、それは」
「ちお…………血をよこせえええええええええ!」
「うわあああああああああああああああああああああ!」
いきなり、騎士隊が私たちに襲い掛かってきた。全員目が真っ赤になっており、口から牙が生えている。
「ハードヘッド様!こ、こいつら吸血鬼にされています!」
「そ、そんなことは見ればわかる!お前たち、早くなんとかしろ!」
「な、なんとかって……ぎゃあああああああああああ!」
ガブゥッ!
一瞬の隙をつき、部下が噛まれてしまった。
「おい!大丈夫か!」
「……血をよこせえええええええええ!」
「ひいいいいいいいいいいいい!」
だめだ、こいつも吸血鬼にされてしまった。
「ハードヘッド様!こいつらはとりあえず、どこかに閉じ込めましょう!」
私は生き残っている部下と一緒に、吸血鬼たちを部屋に押し込む。大慌てで扉の前に机やら椅子やらを積み上げた。
ドカドカドカッ!ガチャーン!
「ハァ……ハァ……ハァ……これでなんとか時間は稼げるはずだ」
しかし息つく間もなく、別の部下たちが飛び込んできた。息も絶え絶えで、今にも倒れそうだ。私は嫌な予感がする。
「ハードヘッド様、大変です!荒地から大量のモンスターが攻めてきています!」
「しかも、いつもいるDランクやCランクのザコモンスターだけではありません!AランクやSランクのモンスターまで確認されています!」
「確認できるだけで、トロール!ゾンビの群れ!デーモンにミノタウロス!空からはワイバーン!うわあ、狼男までいます!」
「ど、どうしますか!?」
部下たちはオロオロするだけだ。はたから見ても、みっともなくて仕方がない。
「バ、バカ者!何をやっておるのだ!街に入れてしまったら、それこそ大変なことになるぞ!は、早く出撃せんかーーーーー!」
こ、こんなことはゴイニアの街始まって以来だ。満月の夜にヴァンパイア伯爵が攻めてくる……。あの冒険者の言うことは本当だったのだ……。
「ぜ、全員持ち場につけー!」
「急いで火を燃やせ!」
「絶対にここで食い止めるぞ!」
しかし、さすがは王国騎士修道会といったところか。すぐに態勢を整え直している。
「「「突撃いいいいいいいいいいいいいい!」」」
騎士隊は、いっせいにモンスターへ向かって斬りかかっていった。
ズバアアアアアアアアアア!ドガアアアア!バキイイイイイイイイイイイイイ!
『ギャアアアアアアアアアアアア!』『グアアアアアアアアアアアアア!』
モンスターどもの叫び声が聞こえる。修道会は国内最強のエリート集団だ。もちろん、全員魔剣を装備している。そうだ、私は何を焦っていたのだ。モンスターの大群だろうが、ヴァンパイア伯爵だろうが、私たちの敵ではない!
「いいぞいいぞ!さすがは我が王国騎士修道会だ!」
と、そこに全身血だらけの部下たちが飛び込んできた。魔剣は折れ、身につけている鎧もボロボロだ。私はまたしても、嫌な予感がする。
「ほ、報告します!モンスターの数が多すぎて、戦況は圧倒的に我々が不利です!」
「このままでは、城壁を突破されるのも時間の問題です!」
「至急、住民に避難命令を出してください!」
部下たちはなりふり構わず叫んだ。
「いや、戦況が不利って……たった今、モンスターの叫び声が響き渡っていたじゃないか」
「あ、あれはDランクのザコモンスターで……」
部下の一人が、申し訳なさそうに報告する。
「ま、紛らわしいことをするんじゃなーい!」
「ハードヘッド様もぼんやりしてないで、一緒に戦ってくださいよ!」
部下たちが私を前線に押しやろうとしてきた。私は必死になって抵抗する。
「バ、バカ言うな!私は戦闘は引退したんだ!今は戦術を立てるのが私の専門で……」
「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ!」
ズシン……!ズシン……!!ズシン……!!!
そのとき、地鳴りのような音がして地面が揺れ始めた。
「うわああああああああああ!ハードヘッド様!あれを見てください!」
荒地の方から悲鳴に近い叫び声が聞こえる。
「頼むからもうやめてくれ……」
私は声が聞こえた方を見る。すぐさま、腰を抜かしてしまった。ビビビビビビビッグ・ベヒーモスだ。伝説級のSランクモンスターで、数十年に一度しか姿を見せないという。私も初めて見たが、とんでもない大きさだ。我々の城壁なんて、簡単に踏みつぶせそうだ。あんな巨大なモンスターに、勝ち目などあるわけない。
「何で、ビッグ・ベヒーモスがいるのだ!?」
私は部下の一人の首を掴み、激しく揺する。
「やめてくださいって!私に聞かれてもわかりませんよ!それより早く何とかしないと、ゴイニアは壊滅します!ハードヘッド様、作戦立ててくださいよ!」
「作戦って言ったって、あんなにでかいんじゃ勝てるわけないだろうが!?」
「そんなすぐに諦めないでくださいよ!」
ドッッッッゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!
「こ、今度は何だ!?」
とてつもないほどの大きな音がして、城壁全体が激しく揺れた。あの冒険者どもを閉じ込めている魔法牢のあたりだ。モンスターたちは、もうあんなところまで侵入してきたのか?あまりにも力の差がありすぎる。
「もうだめだ……全て終わった……私が何をしたというのだ」
絶望のどん底に沈むとはこのことか。立っている気力も無くなり、私はガックリと床に崩れ落ちた。
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