第30話:ゴイニアの街

「軍事都市というくらいだから、さすがに重々しい空気の街だな」


俺たちはすでに、ゴイニアに着いていた。街の中を武装した騎士がたくさん歩いている。もちろん住民もいるが、独特の雰囲気がある。しかし誰も慌てていない。ヴァンパイア伯爵が攻めてくることは、まだ知らないのだろう。幸いなことに、次の満月まではまだ日にちがある。


「ねえ、アスカ。伯爵のことはギルドに言うの?」


「いいや、この街に冒険者ギルドはない。王国騎士修道会の大きな拠点があるからな。ヴァンパイア伯爵のことは、修道会へ伝えに行くつもりだ」


「アスカさん、彼らは冒険者のことを嫌っていると聞いたことがあります。私たちの言うことを信じてくれますでしょうか」


ティルーの言うように、修道会と冒険者の関係が悪いことは俺も知っている。だからといって、無視するわけにはいかない。伯爵は部下を引き連れて、大群で攻めてくるはずだ。警告しておかなければ、大きな被害が出てしまう。


「まぁ、大丈夫だろう。信じてくれなくても、話すだけ話してみるさ。放っておけるはずがないからな」


「やっぱり、アスカさんはお優しい方なんですね……私はそんなアスカさんが………………好き」


「ちょーっと待ったー!!」


いきなり、ナディアが俺たちの間に割り込んできた。と思ったら、俺とティルーを勢いよく引き離す。


「ど、どうした、ナディア。びっくりするじゃないか」


「ナ、ナディアさん!?せっかくいいところだったのに」


ナディアが飛び込んできたせいで、ティルーが何て言ったのかよく聞こえなかった。


「び、びっくりしたのはこっちの方だよ!抜け駆けは禁止だからね!まったく、ティルーは油断も隙もないんだから!」


「しょぼ~ん」


何が油断も隙もないのかわからないが、どうやらナディアにとって不都合なことがあったらしい。しかし、王国騎士修道会……か。ノエルが入りたがっていたところだな。そういえば、ノエルは今頃どうしているのだろうか。


「そういえば、ノエルは今頃どうしているのだろうか」


心の中で思ったつもりだったが、独り言になってしまった。


「ノ、ノエル!?ちょっと、アスカ!ノエルって誰!?」


「アスカさん!?ノエルとはどなたですか!?そんな女性の名前は聞いたことがありませんよ!?」


ナディアとティルーが突っかかってきた。そして、なぜだか俺のことを非難するような目で見てくる。別にそんなに大騒ぎすることでもなかろうに。俺は淡々と説明する。


「いや、俺にはノエル・ダレンバートという幼馴染がいてだな……」


「「お、幼馴染!?」」


ナディアたちは同時に大声を上げた。いや、だからどうしてそんなに大騒ぎするのだ。


「ノエルって人は、アスカの何なの!?」


「お二人はどういう関係なんですか!?」


二人はグイグイと迫ってきた。どちらも鬼気迫る表情をしている。俺は生命の危機を感じ、ジリジリと後ずさってしまう。そのうち、ドンッと壁にぶつかった。あっという間に逃げ場がなくなった。


「ど、どういう関係って、だから幼馴染だと言っているだろう!しかも幼馴染とはいっても、一緒にいたのは10歳までだぞ!」


俺は天に向かって、叫ぶように言った。しかしナディアもティルーも、何も言わない。不気味な沈黙の間が訪れる。


「……出たよ」


「……出ましたね」


ナディアとティルーが意味不明なことを言った。二人とも、とても怖い目をしている。もしかして、俺はここで死ぬのか?冷や汗が止まらない。


「な……何が出たんだ?」


「成長した俺たちは、とうとう念願の再会を果たした。艶めかしいノエルの姿を見た俺は、今までにない最上の幸福を感じる。一方で今生の別れを覚悟していたノエルは、まさか想い人にもう一度会えるとは思っておらず、歓喜の涙が止まらなかった。今宵、何人たりとも侵入できぬ領域で、俺たちは愛の芽を育むだろう」


唐突に、ナディアは詩人のようなことを言い始めた。


「……ブツブツブツ……幼馴染…………ブツブツブツ……私に黙って……ブツブツブツ……」


ティルーはティルーで、虚空を睨みつけながら独り言を言っている。いったい何が起きているのか、俺はもう頭が追いつかない。


「し、しかし、修道会の本部はどこにあるんだろうなぁ!?」


俺はとにかくこの場から逃げ出したくなり、街中を見渡した。するとちょうどいい具合に、騎士団の一行を発見した。た、助かった、彼らに本部への道を尋ねてみるか。


「ちょっと、すまない。修道会の本部はどこにあるんだ?」


意気揚々と、俺はそのうちの一人に声をかける。しかし、俺たちの姿を見ると、彼らは一様に警戒態勢に入った。


「貴様ら、冒険者だな!ゴイニアに何の用だ!ここは貴様らみたいな輩が来るような場所ではないぞ!」


騎士団の中には、すでに剣を抜いているものまでいる。まさか、ここまで嫌われているとは思わなかった。


「い、いや、ちょっと待ってくれ。早急に伝えなくてはいけないことがあるのだが」


「きゃあっ、ちょっとなに!?」


「や、やめてください!」


突然、ナディアとティルーの叫び声が聞こえた。振り返ると騎士団が、彼女らのフードをめくっている。


「おい!こいつら猫人族とウンディーネじゃないか!何しに街へ降りてきたんだ!」


「一緒に行動しているなんて、怪しいやつらだ!もしかしたら、魔族と通じているかもしれん!」


「ハッ!何を考えているかわからんが、我々に見つかったのが運の尽きだ!覚悟しろ!」


あっという間に、俺たちは騎士団に囲まれてしまった。剣や槍で突こうとしてくるので、動こうにも動けない。騒ぎを聞いて、周りに人が集まってきた。


「貴様らはこのまま本部へ連行する!もし抵抗する場合は、この場で処刑するからな!」


騎士団は、俺たちを包囲したまま連れて行こうとする。


「ど、どうしよう、アスカ!戦って逃げる!?」


「いっそのこと私の魔法で!」


ナディアとティルーは戦闘態勢に入ろうとしたが、すんでのところで俺は止めた。全滅させるのは容易だが、それだけは絶対にやってはいけない。


「いや、暴れては逆効果だ。ここはおとなしく彼らの言う通りにしよう」


ひとたびでも戦闘になれば、彼らは俺たちのことを決して信用しなくなる。ここは素直に従うのが賢明だ。

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