第28話:新しい仲間

「いやぁ、この度はアスカ様のおかげで街の危機が救われました。おい!アスカ様にもっと食べ物と飲み物を持ってこい!」


エラアーソウは厨房に向かって怒鳴っている。あの後ラチッタのギルドは、ウンディーネの里に討伐隊ではなく調査隊を派遣した。聖泉でヒュドラを発見し、魔水の原因はウンディーネではなかったと確信したわけだ。今では互いに誤解が解け、ギルドで親睦を深める大宴会が開かれている。


「では、みんな!ウンディーネの里とラチッタの発展を祝って、もう一度乾杯しよう!」


「「「かんぱーーーーーーーーーい!!!」」」


すでに何回目の乾杯かわからないくらい、彼らは盃を交わしている。


「エラアーソウ。今回のヒュドラの件は、ここにいるナディアやウンディーネたちも協力してくれたんだからな」


俺は横にいるエラアーソウに言う。何度言っても、俺一人の手柄のようになってしまう。まぁ、ヒュドラは俺が単独で倒したわけだが……。


「そうでしたね!ナディア様!そしてティルー様も!あなた方はラチッタの救世主様でございますよ!よーし、もう一度乾杯だぁ!」


エラアーソウは真っ赤な目で叫んでいた。どうやら、酒に酔いまくっているらしい。支配人としてのプレッシャーも強かったのだろう。そのうち、ウンディーネとラチッタの人とで踊りが始まった。


「アスカ様!我々も踊りに行きましょう!」


「いや、俺は遠慮しておく」


踊るような気分ではないので、俺は断る。エラアーソウはフラフラと一人で踊りにいった。と、何かが俺の足をつついている。


「ね、ねえ、アスカ」


知らぬ間に、ナディアが隣に来ていた。フードは外しているので、大きな猫耳が見える。


「なんだ?お前も踊りに行かなくていいのか?」


「わ、わたしはいい」


宴だというのに、なぜかナディアは沈んだ顔をしていた。


「どうした、浮かない顔して。悪酔いでもしたのか?それならさっさと宿に……」


「そうじゃなくて……!」


ナディアは語気を強めて言った。こんなことは初めてだ。


「私、あんまりアスカの役に立ててない。これじゃあ、ただの足手まといだよ」


「いや、お前何を言って……」


「ティルーたちに攻撃されたときだって、アスカに守ってもらってばかりで何もできなかった。ヒュドラだって倒さなくちゃいけないのに、怖がるだけだったし。せっかくアスカの仲間に入れてもらえたのに……このままじゃパーティー、クビになっちゃうよ」


大きな目から涙が零れる。ユタラティでのトラウマを思い出してしまったのだろう。ナディアはしくしくと泣き始めた。俺はため息まじりに言う。


「あのなぁ、ナディア。いつ俺がお前のことを、足手まといとか言ったんだ?ここに来るまで、モンスターや奴隷商人を倒していたじゃないか。念のためいっておくが、お前は普通に強い冒険者だからな。ましてや、クビにするはずがないだろう。大切な仲間なんだから」


俺の言葉を聞くと、ナディアはポカンとした。目をパチクリさせている。


「ほ……ほんと?」


まったく、まだ安心できないらしい。


「嘘ついてどうするんだ。全て本当だ。わかったらさっさと涙を拭いて、美味い飯でも食え」


「う……うん!」


ようやく、ナディアは笑顔になった。やれやれ……と思ったら、突然何かに背中を撫でられた。


「アスカさん」


「どわぁっ!?ティ、ティルー!?な、なんだ、脅かすな!」


いつの間にか、ティルーが後ろにいる。酒に酔っているのか、頬のあたりが少し赤っぽくなっていた。目つきも、とろんとして眠そうだ。早く寝た方がいいんじゃないだろうか。


「この度は本当にありがとうございました。もちろん、ナディアさんも」


何度目かわからないお礼を言われる。ウンディーネの中でも、ティルーはことさら礼儀正しいらしい。


「別に、もうお礼なんか言わんでいいぞ」


「お二人にお尋ねしたいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」


ティルーが姿勢を正して聞いてきた。やけにかしこまっている。


「お尋ねしたいこと?なんだ?」


「うん!何でも聞いて!」


ナディアは元気いっぱいに返事をする。


「お二人は結婚されているのですか?」


はぁ?結婚?ティルーはいきなり何を言い出すのだ?


「へぇあ!?ケ、ケッコン!?なにかと思ったら、ケ、ケッコンて!ティ、ティルーったら、まったくもう!ませてるんだから!アハハハ!」


ナディアは一人で笑っている。何がそんなにおかしいのだ?


「結婚しているわけないだろうが。俺たちは、ただの仲間だ。そうだろ?ナディア」


「え……?あ……そう。うん……仲間。ただの……」


そう答えると、ナディアは急にしょんぼりしてしまった。さっきまで元気だったのに、どうしたんだ。


「そうですか、それを聞いて安心しました」


そして、なぜかティルーは安心したらしい。いったい、今のどこに安心する要素があるんだ。ナディアはナディアで、暗い顔に戻ってしまった。


「どうした、ナディア。急にしょぼくれて」


「……」


「おーい、ナディア」


「……」


「黙ってちゃわからんぞぉ」


「…………アスカのバカ!!」


ズバアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!


「ぐぎゃあああああああああああああああああああああああああああ!!」


すさまじい一撃に、俺は叫び声をあげる。これまたなぜか、ナディアに鋭い爪で思いっきり引っかかれた。はっきり言って、死ぬほど痛い。お、お前、そんなに強烈な一撃があるなら、わざわざ新しい剣なんて買わなくても……。


「あ……あの、アスカさん。この後はどうするんですか?」


ティルーがおずおずと聞いてきた。気がつくと、エラアーソウや他の冒険者たちも集まっている。


「そうだな、明日にでもゴイニアに向かおうと思う」


俺が答えると、皆ザワザワしだした。


「そんな……もう少し、ここでゆっくりしていってくださいよ!」


「そうですよ!まだ全然お礼したりないです!」


「弟子にしてくれ!」


「アスカ様!我らウンディーネからもお頼み申します!どうか、ずっとここにいてください!」


冒険者もウンディーネも必死に頼みこんでくる。


「しかし、そうは言ってもなぁ」


彼らをかき分け、エラアーソウとヘイケンが詰め寄ってきた。


「アスカ様!ナディア様!ラチッタの英雄として、お二人を迎えさせてください!もちろん、素晴らしいほどの待遇はご用意させていただきますゆえ!」


「アスカ殿!ナディア殿!我らウンディーネも、貴殿らを英雄としてお迎えいたしますぞ!お願いですから、ずっとここに残ってくださいませ!」


皆、真剣な眼差しで見てくる。しかし、俺たちはここに留まるわけにはいかない。


「そこまで言ってくれるのは、本当にありがたい。だが、すまぬ。ヒュドラからヴァンパイア伯爵がゴイニアに攻め込む、という情報を得たんでな。俺も加勢しに行きたいのだ」


ヴァンパイア伯爵と聞いて、その場は静まり返った。しかし、エラアーソウが静寂を破るように叫んだ。


「そ、そうだったんですか。でも、アスカ様とナディア様なら余裕で倒せますよ!なぁ、みんな!」


エラアーソウが言うと、皆こぞって声を出し始める。


「そうだ!ヴァンパイア伯爵がなんだ!俺たちのアスカ様の敵じゃねえ!」


「魔族なんかくそくらえだ!」


また場が盛り上がろうとしたとき、ティルーが大声をあげた。


「あ、あの!」


皆の視線がティルーに集まる。


「なんだ、ティルー」


「アスカさん。私も連れて行ってくださいませんか?少なからず、旅のお役に立てるとおもいます」


ティルーは真っ直ぐこちらを見ている。そして、なぜだかナディアはそわそわしてきた。


「まぁ、俺は別に構わんが……。でも、いいのか?お前は長の跡継ぎなんだろ?」


「まだ、ウンディーネとして御恩を返し切れておりません。それに、今回の一件で自分の視野の狭さを痛感しました。いずれ長になるものとして、今のうちに様々な経験を積んでおきたいのです」


それを聞くと、ヘイケンが身を乗り出すようにして話してくる。


「アスカ殿!私からもお願い申し上げます!ぜひ、娘をよろしくお願いいたします!」


娘をよろしくって、ティルーも十分強いだろうに。


「ふつつか者ですが、末永くよろしくお願いいたします」


ティルーが深々とお辞儀をすると、周りの男たちが騒ぎ始めた。


「ヒューヒュー、アスカ様も隅に置けないなぁ!」


「ウンディーネの嫁なんて羨ましくてしょうがないですよ!」


「結婚式には呼んでくださいね!」


はぁ?嫁?結婚式?こいつらは何を言ってるんだ?ずいぶん酒に酔っているようだな。ナディアはというと、俺のことをじっと見ている。しかし、気のせいか睨んでいるような……?


「ナディア、ティルーが仲間になって良かったな」


「……うん、それは嬉しいけど」


「嬉しいけど、なんだ?」


「……」


「おーい、ナディア」


「……」


「だから、黙ってちゃ……」


「…………アスカのバカ!!」


ズバアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!


「ぐぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」


どうして俺はこんな目にあっているのだ……。頼む、だれか教えてくれ……。

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