第27話:誤解と真実
『ディ、Dランクだと!ふざけるのも大概にしろ!我がこんなに苦戦したことは今まで、ぐっ……』
俺は剣をヒュドラに突き付けた。単に威圧のためだったが、かなり効果があるようだ。こいつを倒す前に聞きたいことがある。
「お前をここに送り込んだのは誰だ?」
ウンディーネの里に、いきなりヒュドラが出現したとは考えにくい。聖泉が魔水で侵されるのにも、ある程度時間がかかるはずだ。魔水で弱る前のウンディーネなら、総出でかかればヒュドラ程度なら倒せるだろう。
『はて、何のことかな?』
俺が質問した途端、ヒュドラは落ち着きを取り戻した。やはり、こいつを手引きしたものがいるみたいだ。
「正直に言った方が、お前の身のためだぞ」
『クックックッ。正直も何も、いったい何のことか……うぐぅ!』
ビリビリビリビリ!!
電撃がヒュドラの体を覆う。殺すほどの威力はないが、かなり強力だ。
「これは《サンダー・スパーク》だ。全て話すまで止めないからな」
『ぐぅ……う……』
しかし、少し待ってもヒュドラは何も話そうとしない。俺は《サンダー・スパーク》を止めた。
「どうなっても、お前は話す気がないようだ。まぁいい、自分で調べる。拷問や尋問などは、俺の性に合わないからな。じゃあな……」
『ま、待て!』
俺がそのまま首をはねようとしたとき、ヒュドラが叫んだ。
『ふんっ、貴様は腕が立つようだが、どうせヴァンパイア伯爵様には敵わない』
何を思ったのか、ヒュドラが話し始めた。自分を倒した褒美ということか?いや、こいつの口ぶりから、話したところで問題ないと考えているようだ。
「ヴァ、ヴァンパイア伯爵って、あの魔族四皇の!?」
「こ、これは思ったより大変なことですよ!」
それを聞いて、ナディアとティルーが慌てている。モンスターの中にも血統があるらしく、その中でも優れた種族は魔族と呼ばれているらしい。その名の通り、魔族四皇とは上位4つの種族ということだ。Sランクモンスターより、はるかに強いという。
『クックックッ。伯爵様は次の満月の夜、ゴイニアに攻め入るおつもりだ。あそこには、王国騎士修道会の大きな拠点があるからな』
ゴイニアはラチッタの近くにある軍事都市だ。エリート集団の修道会でも、相手が魔族四皇ではさすがに荷が重いだろう。
「それで、ウンディーネが人間に協力しないよう、お前が差し向けられたというわけか。魔族四皇と言っても、伯爵様とやらは意外と小心者なんだな」
『き、貴様ぁ!伯爵様の悪口を言ってただで済むと……!』
「それで、全部だな?」
剣を突きつけると、ヒュドラは覚悟を決めたように笑い始めた。
『フハハハハハ!お前ごときが伯爵様にっ……!』
ズバアアアアア!ドシャッ!
俺は最後の首を斬り落とした。
「これで、ヒュドラの討伐は完了だな。……おい、ティルーはどうしたんだ?」
後ろを振り返るとナディアしかいない。周りを見ても、ティルーの姿が見えなかった。
「ティルーなら皆を呼んでくるとか言って、すぐに里の方へ走って行っちゃったよ」
「そうか。なら、ここで少し待つか。ウンディーネたちを呼びに行く手間が省けたな。いや……な、なんだ?」
ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド!!
いきなり、丘の方から地響きがした。俺とナディアは驚いて、音のする方を見る。
「こ、今度はなに!?」
地面の上が青く染まり、まるで鉄砲水のようだ。
「里の水でも溢れたのか!?い、いや、あれは」
よく見ると、ウンディーネの大群がこちらに向かって走ってきていた。
「アスカさーん、ナディアさーん、里の皆を連れてきましたー!」
先頭でティルーが手を振っている。
「ヒュドラを討伐したって本当ですか!?」
「おい、あそこを見ろ!ヒュドラが倒れているぞ!」
「ほ、ほんとに討伐したのか!彼らはいったい何者なんだ!?」
「あなた方は、我々の救世主様です!」
あっという間に、俺たちはウンディーネに取り囲まれてしまった。俺は背が高いから問題ないが、ナディアは揉みくちゃにされている。
「いたたたっ!助けて、アスカ!って、うわっ」
ヒョイッとナディアを摘まみ上げてやった。しかし、ウンディーネが次から次へと集まってくる。
「これでは、動くに動けないな」
身動きできないでいると、ヘイケンが奥から出てきた。長の姿を見ると、ウンディーネたちの興奮も落ち着いた。
「アスカ殿、ナディア殿。先ほどは、大変な失礼をしてしまった。一族を代表して、心より謝罪させていただく」
ヘイケンが頭を下げると、他のウンディーネたちも頭を下げる。
「別に俺は構わないが」
「私もびっくりしたけど、怒ったりはしてないよ。アスカが助けてくれたしね」
そう言うと、ウンディーネたちはホッとした表情になった。しかし、ティルーは深刻な顔をしている。
「いいえ、私たちはあなたたちを殺そうとしました。結果として、無傷だったから良かったものの……。私たちはなんてことを……」
顔を押さえて下を向いてしまった。嗚咽が聞こえるから、泣いているのだろう。
「そんなに泣くな。お前たちも余裕がなかったんだ。ヒュドラは倒したから、徐々に魔水も消えていくだろう。人間との関係も元通りになるさ」
「そうだよ、ティルー。元はと言えば、ヴァンパイア伯爵とヒュドラが悪かったことなんだし。ちゃんと説明すれば、ラチッタの人の誤解も解けると思うよ」
俺たちの言葉を聞くと、ティルーはようやく笑顔になった。零れてくる涙を拭きながら言う。俺が手を差し出すと、ティルーも握り返してきた。
「そう言って頂けると……救われます……アスカさんたちは……とてもお優しいのですね」
その後、俺たちはヒュドラの首を持ってラチッタのギルドに行った。もちろん、ティルーやヘイケン、他のウンディーネも一緒だ。ギルドに入ると、冒険者の一人が叫んだ。
「おい皆、ウンディーネだぞ!」
その言葉を聞くと、他の冒険者たちが一斉にこちらを向く。ティルーたちを確認すると、剣を抜いたり槍を構えたりと戦闘態勢に入った。
「クソっ!攻め込んできやがった!」
「落ち着け!相手は少数だ!全員でかかれば、どうということはない!」
周囲を冒険者たちが取り巻く。今にも攻撃してきそうだった。
「ア、アスカさん、やっぱり……」
「落ち着け、ティルー。みんな、ちょっと待て!」
バサァッ!!
俺はヒュドラの首を隠していた布を、勢いよく取った。冒険者たちがハッと息を吞む音が聞こえる。
「魔水の原因はウンディーネの聖泉に住み着いた、ヒュドラの仕業だ!ウンディーネが魔水を作ったりしないのは、お前らが一番良く知っているだろう!だが、もう安心しろ!ヒュドラは俺とウンディーネたちとで、すでに討伐した!ここに奴の首もある!」
冒険者たちはヒュドラの首を見るだけで、何も言わない。ティルーが小声で話しかけてきた。
「ウンディーネたちって、アスカさん!私たちは何も……!」
「その方が印象が良いだろうが」
こそこそと話し合う声が聞こえてくる。
「あれは本物のヒュドラだぞ」
「おれ、ヒュドラなんか初めて見たよ」
「あいつの言う通り、ウンディーネが魔水を作るとか聞いたことないな」
「もし、ヒュドラが原因なら俺たちの早とちりだったのかもしれん」
「いずれにせよ、確認の必要がありそうだ」
しばらく冒険者たちが相談していると、奥からエラアーソウが出てきた。
「おい、何の騒ぎ……お前はアスカ・サザーランド!何しに……ひぃ、ウンディーネ!貴様ら、早く奴らを……ヒュ、ヒュドラ!」
まったく、こいつは忙しい奴だ。俺は笑いそうになったが、懸命に堪える。
「おい、エラアーソウ。すぐにウンディーネの討伐計画なんてやめるんだ。ここにあるように、魔水の原因はヒュドラだった。信用できないなら、彼らにウンディーネの里へ案内してもらえ。でかい死体があるはずだ。ウンディーネたちも、お前らと和解の印を結びたがっている」
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