第23話:ウンディーネの里
「もうすぐで、我々の里に着きますよ」
「そうか、意外と近くにあるのだな」
俺たちはティルーに案内され、ウンディーネの里に向かっていた。ラチッタの街から離れたとはいえ、まだ遠くに街並みが見える。
「あっ、ちょっとお待ちください。里にお二人が来ることを伝えてきます」
ティルーは近くの川に行った。この辺りの水は、それほど汚れていないようだ。
「私たちウンディーネは、水を介して話を伝える力があるのです」
「さすがは“水の精霊”だな」
「ねえ、ウンディーネの里ってどんなところなの?」
横にいるナディアがティルーに聞いた。心なしか、少し楽しそうだ。
「ナディア、お前そんなに楽しそうにしているなよ。ウンディーネたちには危機が迫ってるんだから」
「だって、他の種族の里に行くのは初めてなんだもん」
ナディアはふくれっ面をしてしまった。そういえば、猫人族の里はどこにあるのだろう?
「我々の里は静かな良いところですよ。水を上手く使って生活しているので、ラチッタのように水が豊富なところです。まぁ、想像通りだとは思いますが」
「ふぅん、きれいなところなんだろうねえ」
そうこうしているうちに、街の近くにある廃墟に来た。朽ち果ててしまっているが、元は何かの神殿のようだった。しかし、ウンディーネどころか生き物の気配すら感じない。
「ティルー、ここがウンディーネの里なのか?ずいぶんと廃れてしまっているみたいだが」
「いいえ。ここは大昔に使われていた、ただの祭殿です。里への入り口は、もう少し向こうの方にあります」
そう言うと、ティルーは神殿の奥へ向かって歩いていく。後を付いて行くと、大広場に出た。広場の中央には噴水がある。
「うわぁ、広いところだなぁ。あっ、真ん中には噴水があるよ」
ナディアは噴水の方へ駆け寄っていく。辺りは廃墟だが、噴水からは水がしっかり出ていた。
「このお水はきれいだね、アスカ」
「ん?ほんとだ、ラチッタの運河よりずっと澄んでいるな」
噴水を眺めていると、ティルーが説明してくれた。
「この水は、我々が魔法で作り出しているのできれいなのです」
「へえー」
「なるほど、だから運河と違って汚れてないのか。それで、里への入り口はどこにあるんだ?」
周りを見ても、それらしきものは見当たらない。
「この噴水が入口です」
ティルーが指さして言った。
「水の中に飛び込むと、我々の里に入れます」
「わかった」
「では、私が先に行きますので、後に続いてください」
ザブーン!
ティルーが噴水の中に飛び込んだ。
「よし、俺達も行くか……な、なんだ?」
グイッ!グイグイッ!
噴水に飛び込もうとしたが、何かが服を引っ張っている。下を向くと、ナディアが俺の服を掴んでいた。
「何してるんだ、ナディア」
「……ちょっと怖い」
ガクッ!
俺は崩れ落ちそうになる。
「怖いってお前、水に飛び込むだけだろうが。モンスターとか奴隷商人に立ち向かった、勇敢なナディアはどこ行ったんだ」
「だって……」
ナディアはもじもじしていた。
「もういい、怖いんなら一緒に行くぞ」
「きゃあっ!ちょっとアスカ!」
俺はナディアを抱え、勢いよく飛び込む。そして、次の瞬間には地面の上に立っていた。周囲を見るとさっきまでの廃墟とは違い、草木が生えている。どうやら、ウンディーネの里に着いたみたいだった。体も濡れておらず、不思議な感覚だ。
「ナディア。着いたみたいだぞ」
しかしナディアはギュッと目を閉じたまま、微動だにしない。
「おい、ナディ……!」
ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!
いきなり、いくつかの水の塊が襲い掛かってきた。俺は瞬時に《ウォーター・ウォール》を発動させる。《ファイヤーボール》などを使うと、水が蒸発して視界が悪くなるからだ。
ズドオオオオン!バアアアアアアアン!
激しくぶつかり合って破裂した水が、雨のように降り注ぐ。攻撃してきたのはいったい誰だ。もしや……。
「な、なにがあったの、アスカ!って、うわっ!」
飛び起きたナディアを、俺は放り出す。
「ナディア、すぐに剣を構えろ。どうやら思っていたより、ウンディーネと人間の関係は悪くなっているようだ」
正面にウンディーネたちが、ズラッと並んでいる。ティルーはその真ん中にいた。間違いなく、攻撃してきたのは彼らだ。じっと見ていると、奥から年老いたウンディーネが出てきた。
「わしは長のヘイケンと申すものです。アスカ殿、ナディア殿、娘のティルーから話は聞いております。どうやら、大層な力をお持ちなようですな。そなたたちのような方が冒険者の討伐隊に加わったら、あっという間にわしらは滅んでしまう。どうか、この場で死んでくださいませ」
「アスカさん、ナディアさん。騙すようなことをして、本当に申し訳ありません。実は、街にはギルドの情報収集に向かったのです。討伐隊を組まれる前に、冒険者たちを倒すため……。もちろん、奴隷商人から助けて頂いたことは感謝しております。ですが、私はいずれ長となる者として、一族を守る必要があるのです」
ティルーがそう言うと、ウンディーネたちは呪文を詠唱し始めた。全員で一つの強力な魔法を発動させる気だ。
「ど、どうしよう、アスカ」
ナディアは俺の周りでおろおろしている。本来、ウンディーネたちはこんなに攻撃的な種族ではないはずだ。ヒュドラの存在と人間からの疑念が、彼らを疑心暗鬼にさせてしまっている。仕方がない、こうなったら圧倒的な力の差を見せつけるしかない。
「俺の後ろに隠れてろよ」
「アスカさん、ナディアさん!ごめんなさい!でも、こうするしかないのです!《アーグワ・グランデ・ドラゴーネ》!!!」
ティルーたちが魔法名を叫んだ。巨大な水の竜が、猛スピードでこちらに突っ込んでくる。このレベルの魔法が発動できる魔法使いは、そうそういないことだろう。
「し、死んじゃうよ~、アスカ」
「大丈夫だ」
俺は水の竜に向かって、片手をかざした。
――《フランメ・グランドュ・ドラッヘ》。
ウンディーネたちが創った水の竜より、一回り大きい炎の竜が現れる。そのまま水の竜を飲み込み、空へ登っていった。
「え……すご」
ナディアは竜たちの行く末を見ている。
「な、なんと……。呪文も詠唱せず魔法が発動できるのか……」
ヘイケンもウンディーネたちも、呆然と見上げているだけだ。そろそろいいだろう。
バアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!
俺は上空で炎の竜を爆発させる。細かい雨が降り注ぎ、きれいな虹がでた。
「き……きれい。やっぱりすごいなぁ、アスカは」
ナディアはのんきに虹を眺めている。
「こ……これほどとは……ど、どうするんじゃ、ティルー。もう我々には魔力が残っておらんぞ」
「くっ……」
ウンディーネたちは、じりじりと後ずさる。彼らは知能が高い。今の戦いで、勝ち目が全くないことがわかったはずだ。
「こっ、こうなったら……刺し違えてでも!」
どこに持っていたのか、ティルーが短剣を抜いた。目つきが鋭くなってしまっている。もう頃合いだな。
「ティルー、そしてウンディーネたち。お前らは勘違いしているぞ。誰が冒険者の討伐隊に入ると言った?誰がお前らを討伐すると言った?それらは全て、お前らの思い込みに過ぎない。俺たちがヒュドラを討伐すれば、それで人間とウンディーネの関係は元通りになるはずだ」
「えっ……?」
ティルーは気が抜けたような声を出した。その手から短剣が落ちそうになる。しかし、次の瞬間には短剣を強く握りしめた。
「そ、そんなこと言ったって騙されませんよ!あなたたちはここで……」
「だから、俺がヒュドラを討伐してくれば万事解決だろうが」
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