第19話:ウンディーネの娘

「……いま誰かの叫び声が聞こえたっ!」


「叫び声?俺には何も聞こえんかったが」


「いや、たしかに女の人の叫び声が……アスカ、あそこ見て!」


ナディアが少し離れた街角を指さす。よく見ると、数人の男たちが一人の女を連れ去ろうとしていた。女は激しく抵抗しているが、男たちにズルズルと引きずられていっている。


「人さらいだよ、アスカ!」


「ナディア、追いかけるぞ!」


運河から船にでも乗せられたら見失ってしまう。俺とナディアは、猛スピードで男たちを追いかける。ほどなくして、男たちに追いついた。思った以上に、女の抵抗が激しかったらしい。


「おい!何をしてるんだ!」


「その人を離してよ!」


俺とナディアが叫ぶと、男たちが振り向く。ふむ、全部で3人か。そして、彼らの額には一様に烙印が押されていた。それで男たちが何者かわかる。こいつらは奴隷商人だ。


「あ゛あ゛?なんだぁ、てめえら」


「早くその人を離せ。ここはお前らのような輩が来るところではないぞ」


「んだと、こらぁ!」


彼らの中の一人が、いきなりナイフで切りかかってくる。どうやら、話し合いの余地はなさそうだ。俺はナディアに貰ったばかりのファルシオンを引き抜いた。


ギイイイイイイイイイイイイイイン!ドゥンッ!


凄まじい勢いで男のナイフを叩き切り、みぞおちにきつい一撃を喰らわす。ほう、これはなかなかの業物だ。あの店主はCランクと言っていたが、Aランクはあるな。


「がっ!な……なにをっ」


ドサッ!


男は最後まで言うこともなく気絶した。


「てめえ、よくも!」


「お前らも売りさばいてやる!」


残りの二人もナイフを抜く。やれやれ、懲りないやつらだ。と思ったとき、後ろからナディアが飛び出した。


「なんだこいっ……」


「はっ!」


ドンッ!ドサッ!


「このっ……」


「やっ!」


ズンッ!ドサッ!


ナディアは一瞬で二人の奴隷商人を倒してしまった。旅の道中に訓練してきた成果が出ているようだ。


「強くなったじゃないか、ナディア」


「ヘヘーン、こんな奴らモンスターに比べたら全然強くないもんね」


奴隷商人たちは、見事にのびてしまっている。これでは、しばらく目覚めることはないだろう。俺は道に崩れ落ちている女を揺する。


「おい、大丈夫か?」


「しっかりして、悪い奴らはもう全部やっつけちゃったよ」


揺すっていると、女が被っているフードがずり落ちた。あろうことか、女はなんと“水の精霊”ウンディーネの娘だった。


「アスカ、この人はとってもきれいな青い肌をしてるんだね」


「ナディア、たぶんこの人はウンディーネだ。大丈夫か、あんた。しっかりするんだ」


「うっ……あ……あなた方は……?」


ウンディーネと思われる娘は、一瞬意識を取り戻した。しかし、次の瞬間にはまた気を失ってしまった。




俺とナディアは、裏通りまで女を運んできた。ここなら人影も少ない。見たところ、女は大きなケガはしていなかった。しかし、かなり疲れているみたいだ。回復魔法を使った方が良いかもしれない。


――《ヒール》。


ブウウウウウウウウウウン。


俺は回復魔法を念じた。青白い光が女を包む。少しすると、女の目がうっすらと開いた。


「くっ……うっ……こ、ここは……?」


女は片手で頭を押さえながら、ゆっくりと体を起こす。


「安心しろ、さっきの奴隷商人どもはもういない」


“水の精霊”という名の通り、彼女の体は海のように青かった。肌だけでなく、その長い髪も青い。耳は人間と違って、魚のヒレのような形をしている。


「あ、あなた方は?」


「俺はアスカ、ただの冒険者だ」


「私はナディア、よろしくね」


俺たちは簡単に自己紹介をした。女は少しずつ意識がはっきりしてきたようだ。


「先ほどは危ないところを助けて頂き、誠にありがとうございました。私はウンディーネのティルーと申します」


ティルーと名乗った女は、真っ先にお礼を言ってきた。しかし、ウンディーネは普通に街中を歩いているものなのだろうか。


「もしかして、仲間とはぐれたのか?」


「い、いえ、私一人です」


しかし回復魔法を使ったはずなのに、少しやつれているような気がするなぁ。ウンディーネは皆こうなのか?


「あんた達は人間と交流が深いようだが、中にはああいう輩もいる。昔と違って、今はもう少し気を付けたほうが良いかもしれん。まぁ、一人であまりうろうろしないことだ。じゃあな」


「何かあったら冒険者ギルドに来てね」


さて、ギルドにでも戻るか。俺とナディアは、彼女に背を向け歩き出す。


「ま、待ってくださいっ!」


ティルーは鋭い声で俺たちを呼び止めた。とても深刻そうな表情をしている。


「なんだ?」


「ん?どうしたの?」


ティルーは一呼吸置くと、意を決したように言った。


「どうか、私たちを助けてください」

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