第18話:汚れた運河

「ここがラチッタの街かぁ、ほんとに水がたくさんあるところなんだ」


「ああ、やはりとても栄えている街みたいだな」


その後、何日か歩いて俺たちはラチッタの街に着いた。“水の都”という呼び名のとおり、街中に運河があるくらい水が豊富だ。そのおかげか水運が盛んなようで、かなり活気がある。


「こんなに街が大きいなら、冒険者ギルドも賑わってそうだ」


「でも、なんだか水が濁っているね」


ナディアの方を見ると、いつの間にか道端にしゃがみ込んでいた。街に走っている運河を見ているらしい。俺も近づいて運河を覗き込んでみる。確かに水が濁っていて汚い。周りの運河を見ても、似たような状況だった。


「ほんとだ」


「いつもこうなのかな?」


「うーむ、この街は水が綺麗なことで有名なはずなんだがなぁ」


ラチッタの街は、“水の精霊”と呼ばれるウンディーネの加護により発展したと言われている。近くにウンディーネの聖地があるとかで、大昔から人間と交流があったそうだ。彼らは人間には好意的なので、両者の関係は良好そのものだと聞いている。こんなに水が濁っていては、ウンディーネの加護が受けられなくなると思うのだが……。


「まずは、冒険者ギルドに行くことにするか。もしかしたら、何か情報があるかもしれん」


「そうだね」


冒険者ギルドは、街の中心部にあった。


「さっそく中に入ってみよう」


「今度はちゃんと教えてくれるといいなぁ」


しかし、ギルド全体が何となくピリピリしている。


「何だかここにいる人は、みんな怖い顔をしているね」


「そうだな、冒険者たちも水の汚れを調べているのかもしれない」


そのまま、奥にいる受付嬢に話しかける。やけにガタイがいい女だった。


「ちょっとすまないが、冒険者登録を頼む」


「あんたら、よそから来た冒険者だね。ギルドカードを見せな」


ずいぶんと無愛想だ。まぁ、受付嬢に愛想など必要ないのだろう。俺たちはギルドカードを見せる。


「アスカ・サザーランド、けったいな名前だね。職業が<荷物持ち>から<剣士>で……。ちょっと、あんた!冒険者ランクがCからDに、降格されているじゃないかい!弱虫はお断りだよ!」


「お断り?いや、それは困るのだが」


冒険者登録をしてくれないなんて、聞いたことがなかった。


「アスカはすごく強いんだよ!弱虫なんかじゃないって!」


「ハッ、口では何とでも言えるわな」


俺たちのやり取りを聞いて、周りの冒険者たちが小声で話し始めた。


「おい、新入りがきたぞ」


「どうせ、噂を嗅ぎつけて来たんだろうよ。一旗あげようってな」


「ケッ、Dランクじゃ無理に決まってるだろ。いるだけ邪魔なんだよ」


やがて、奥から支配人と思われる男が出てきた。見るからに偉そうだ。


「いったい何の騒ぎだ」


「エラアーソウさん、冒険者登録したいとかいうのが来たんですがね。この通りなんですよ。こんなんじゃ全然ダメですよね」


受付嬢がギルドカードを渡す。


「なになに、アスカ・サザーランド……まったく、偉そうな名前だ。Dランクに降格だって!?そんなでかい図体しているくせにか!?ダメダメ!そんなザコは、うちで冒険者なんかさせられないよ!まったく、今は大事な時期だってのに!」


「エラアーソウさん、よそ者にあまり話すのは……」


「おっと、そうだったな。ゲホンッ!というわけだ。さぁ、ザコ冒険者君、早く帰ってくれたまえ」


ギルドの中にいる冒険者たちは、薄ら笑いを浮かべている。彼らもエラアーソウの意見に賛成しているようだ。


「ここはお前みたいな駆け出しの冒険者が来るようなところじゃねえよ」


「よその小さなギルドで、簡単なクエストでもやってろ」


「さっさと出て行けや」


新参者の冒険者に手厳しいギルドは多いが、その中でもここは閉鎖的らしい。それに、何だかいつもと違う視線を感じるな。


「ねえ、アスカ?なんか私たち、ジロジロ見られてない?」


ナディアに言われ周囲の人間を観察してみると、皆ナディアのことをジッと見ている。


「猫人族がなんのようだ」


「まさかあいつらと」


「おい、兄ちゃん。ちょっと話聞かせてくれや」


冒険者が俺たちに近寄ってきた。こんなところで、余計ないざこざには巻き込まれたくない。


「しかたがない。一旦、外に出るぞ」


「あっ、ちょっと」


俺はナディアの手を引いて、冒険者ギルドから出た。


「なぜだかわからんが、お前が猫人族であることは隠した方がよさそうだ」


思ったとおり、大通りには露店の店がいくつか出ている。その中から適当な服屋を見つけ、中に入った。


「おい、店主。フードが付いている服はあるか?」


店の奥に座っている、年老いた女に聞く。


「なんだい、あんたが着れるような大きな服はここには……。って、最近の若い男は猫人族のカノジョなんか連れてるんかいな。ケッケッケ、これは面白いねぇ」


女はナディアを見ると、急にニヤニヤしだした。何がそんなにおかしいんだ?


「あ、いや、別に私は彼女ってわけでは…………まだ、コホン」


ナディアはナディアで、なんかもじもじしているな。いったいどうしたんだ?俺は店内をざっと見渡すと、ちょうどよさそうな服を見つけた。


「おい、これをくれ。いくらだ?」


「本当は銅貨5枚だけどね。お祝いってことで、3枚に負けといてやるよ。ケッケッケ、若い奴らはいいねぇ」


よくわからんが得したようだ。俺は店を出ると、買った服をナディアに渡す。お前また頬が赤くなっているが、大丈夫か?


「ほら、人が多いときはこれを着とけ。人間にとって、猫人族はまだ珍しい存在なんだ。お前だってジロジロ見られるのは嫌だろう?」


「え、で、でも」


「いらないなら別に捨てていいぞ」


「絶対捨てない!」


俺が言うと、ナディアは奪い取るようにコートを身に着けた。


「なんだ、良く似合うじゃないか」


「う……うん……ありがとう」


俺は正直に言っただけなのに、なぜかナディアは下を向いてしまった。さっそくフードで顔を隠している。何か気に障るようなことを言ってしまったのだろうか?


「そうだ、ナディア。ついでにお前の武器も探そう」


さすがに、護身用の短剣だけではこの先心もとない。ラチッタは大きな街だから、武器屋もあるはずだ。


「うん!そうだね!」


よかった、ナディアは機嫌が良くなったようだ。やっぱり、自分の武器が欲しかったんだな。


「あ!あそこに武器屋さんがあるよ!」


ナディアは別の露店に走って行く。俺も追いかけて行くと、主に剣を売っている店だった。


「いらっしゃい!手に取ってみていいからな」


「いっぱいあるんだねえ。どういうのがいいかなぁ、アスカ」


地面に敷いた布の上に、ところ狭しと剣や長刀が並べてある。見たところ、特に粗悪な物は売ってなさそうだ。


「ふむ、重さと長さがちょうどいい物を選ぶべきだな」


「これ、アスカに借りた剣と似てる。あっ、同じのが二本売ってるよ?」


「お嬢ちゃん、それはファルシオンって名前の剣さね。Cランクの武器だけど良い物さ。二本買ってくれたら少し安くしとくよ」


「じゃあこれ二本ちょうだい」


む、ナディアは二本とも買うようだ。二刀流は習得するのになかなか苦労するのだがな。


「ナディア、まだ二刀流はちょっと難しいんじゃないか?」


「ううん、いいの」


「まいどあり~!」


俺が止める間もなく、ナディアはさっさと支払いを済ませてしまった。


「はい、これ!」


ナディアが買ったばかりのファルシオンの片方を俺に渡してくる。


「ん?なんだ?」


「アスカの剣折っちゃったから、代わりにこれ使って。Cランクだけど」


なるほど、そういうことで二本買ったのか。別に気にしなくていいのにな。しかし、これはありがたく頂こう。


「ありがとうな、ナディア。大切に使うよ」


「これでお揃いだねえ」


ナディアはとても嬉しそうにしている。確かに、同じ物なら剣術を教えるときも何かとやりやすそうだしな。と思ったそのとき、ナディアの両耳がピクッと動いた。

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