第16話:非難の目(Side:ゴーマン⑤)

「ゼェ……ハァ……ゼェ……ハァ。よ、ようやくギルドに着いたぜ。と……遠すぎるんだよ……」


俺はやっとの思いで、冒険者ギルドにたどり着いた。モンスターどものせいで、体中ボロボロだ。こんなことは初めてだった。しかしそれは、予期せぬ事態が多かったせいに違いない。こんな目に会うことが今回限りであることは、途方もないほど明白な事実だ。


「おーい、帰ったぞぉ」


俺がギルドに入ると、中は結構な騒ぎになっていた。


「早く手当しないとまずいぞ!」


「誰か回復魔法が得意な奴はいないか!?」


どうやら、みんな俺を心配していたらしい。ギルドで一番強い俺が苦戦したとなると、これだけ大きな騒ぎになるのも無理はない。


「おい!すぐに回復ポーションを持ってきてくれ!」


「こっちには魔力ポーションを頼む!」


まったく、ギルドの奴らも心配性だ。まぁ、それはそうか。Sランク冒険者様がボロボロになっているんだからな。


「おお、気が利くじゃないか。はやく渡し……」


だがポーションを持った奴らは、俺を無視して走り回っている。それどころか、誰一人として俺を手当しようとすらしなかった。懸命に、バルバラやカトリーナ、ダンの治療をしている。


「おい、お前ら、まずは俺の治療を先にやれよ。こんなにボロボロになっているんだから。そんな弱っちいクソどもより、俺の方がギルドにとっても大事だろうが」


俺は奔走している冒険者たちを捕まえる。こいつらは確か、Cランクのザコ冒険者だ。いや、Dランクだったっけか?それにしても、3人とも見るからに悪人の顔つきだ。こんな奴らがギルドにいるんじゃ、俺の評判まで悪くなりそうだ。


「はあ!?何言ってるんだよ!あいつらの方が重傷だろうが!」


「仲間の心配すらしないで!お前、それでもリーダーかよ!」


「何てことしてくれたんだ!冒険者なんか辞めちまえ!あの<荷物持ち>が出て行ったのは正解だったな!」


は?こいつらは何様のつもりだ?俺はSランク冒険者で名門貴族の出身だぞ!礼儀というものを知らないのか!今日はムカつくことが多すぎて、俺の頭はどうにかなりそうだ。


「っんだと、コラ!」


男を殴ろうとしたとき、カウンターの奥からコモノンがやってきた。よし、いいタイミングだ。このカスどもをコモノンに追い出させるか。


「おい、コモノン。こいつらをギルドから追放……」


「ゴ、ゴーマン様!これはいったいどういうことですか!?」


いきなり、コモノンは俺にしがみついてきた。


「な、なんだよ、コモノン」


「困りますよ、こんな大騒ぎを起こされては!バルバラさんたち、とんでもない重傷じゃないですか!聞いた話だと、トレントに殺されそうだったとか!修道会の哨戒部隊が来てくれたから良かったものの!……ああっ、クソっ!ずっと彼らの世話にならずに、ここまで運営してきたのに!」


コモノンが一人で騒いでいると、ノエルが部下を引き連れてやってきた。兜を取っているから、素顔は丸見えだ。周りの男どもはチラチラと、ノエルを覗き見ている。バーカ、お前らじゃ釣り合わねえよ。もちろん、俺はふさわしいにも程があるがな。


「おい、お前がこのギルドの支配人か?」


相変わらず冷たい声だ。ノエルが言うと、コモノンはびくびくしだした。どいつもこいつも、腰抜けしかいねえのかよ。


「は、はい!私が支配人を務めさせて頂いております、コモノンと申します。な、何でございましょうか、ノエル・ダレンバート様?」


ダレンバートと聞いて、俺は腰を抜かしそうになる。ダレンバートと言ったら、レンブルク王国の三大名家の一角じゃないか。エレファンテ家なんて、まるで比較にならない。クソアマとか言った記憶が蘇る。そんな暴言を吐いたことが知られたら……。


「SランクやAランクの冒険者が、トレントに負けるとは聞いたことがない。お前はなぜ彼らのランクを上げた?」


「そ、それは、もちろん討伐成績が良かったからであります!今回、なぜトレント程度に負けそうになったのかは、私にもわかりません!おそらくリーダーが……」


コモノンはさりげなく、俺のせいにしようとしてきた。


「おい!コモノン!俺が悪いってのかよ!」


「あ、いや……」


「こいつらのパーティーに所属していたアスカ・サザーランドについても、冒険者ランクを下げているな。おまけに冒険者ギルドからも追放か。なぜだ?」


それを聞くと、急にコモノンの顔は明るくなった。もちろん、明確な理由が考えてあるからだ。


「ええ!奴は大きな事故を起こして、ゴーマン様たちに大ケガを負わせたからであります!その責任を取らせて、ギルドからも追放しました!」


「冒険者ランクを下げられるほどの事故といったら、相当な大事故だ。その現場を見せろ。2日前なら、まだ痕跡が残っているはずだ」


「そ……それはっ」


コモノンは俺の顔をジッと見てくる。こっち見んなよ!怪しまれるだろうが!


「お前は冒険者のランク管理が、上手くできていないみたいだな。ランク分けは冒険者の命に関わる、重大な責務と思っていたが。この件については、王宮へ報告する必要がある」


「ちょ、ちょっとお待ちください!今回はたまたまだったんです!」


コモノンはノエルにすがりつくように嘆願する。今にも泣き出しそうな顔をしていた。まったく、みっともない奴だ。


「貴様のような無能が支配人をしているせいで、身の程知らずな冒険者を助ける手間が生まれるのだ」


ノエルが言うと、周りの冒険者たちも静かになった。コモノンはというと、下を向いているだけだ。……ちょっと待て。身の程知らずって、俺たちのことを言ってんのか!?


「おい!身の程知らずだと!?ふざけんな!俺はSランクの……!」


「それと、こいつらにSランクやAランクの実力はない。全員Dランクに降格させろ」


は?こ、こいつは何を言っているんだ?SランクからDランクまで、一気に降格されるなんて聞いたことがないぞ。そもそも、コモノンがそんなことできるはずがないだろ!俺の方が立場が上なんだからよ!


「承知いたしました!直ちにDランクにさせて頂きます!」


「コモノン、てめえ!」


ドガアアアアア!


「うわああああああああああああ!」


俺はコモノンの顔を、思いっ切りぶん殴った。吹っ飛ばされたコモノンは、床に転がっている。バカだなぁ。


「ハハハ!いい気味だ、コモノン!」


「ゴ、ゴーマン様!いや、ゴーマン!こっちが下手に出てれば調子に乗りやがってえええ!」


バキィッ!


「いってええええええ!何すんだ、てめえ!」


コモノンが殴り返してきやがった。もう我慢できない!俺はコモノンにのしかかって、めちゃくちゃに殴りまくる。コモノンも昔は冒険者だったらしいが、こっちは現役の冒険者だぞ!敵うわけないだろうが!


「……お前たちはアスカ・サザーランドを追放したらしいが、その逆のようだ。むしろ、お前たちがアスカに見限られたのだろう。あのアスカがお前たちのような低俗な者どもと、一緒に行動するはずがないからな」


「何だと!?てめえも殴られてえのか!」


俺はノエルに掴みかかろうとする。


「冒険者たちのトップにいるべき人間がこの程度とは……。どうやら、このギルドの存在価値そのものが問われるな」


氷のように冷え切ったノエルの声が耳に入った。小さい声なのに、なぜか良く通る。


「支配人よ、お前のギルドが取り潰しにならないといいな。モンスターの討伐については安心しろ。騎士修道会から人が派遣されるはずだ」


ノエルの言葉を聞いて、俺は拳を振り上げたまま固まった。ギルドの取り潰し……。そんなことになれば、冒険者たちは職を失ってしまう。もちろん、俺もこの街では冒険者でいられなくなる。


「我々王国騎士修道会は、冒険者やギルドの存在価値を認めておらん。貴様らは弱すぎる。しかしモンスターの数が多すぎるので、仕方なく目をつぶってやってるだけだ。我々はこのままユタラティを経由して、ゴイニアに帰還する。良い知らせが来るといいな」


ノエルは淡々と言うと、部下と一緒に出て行ってしまった。


「お、お待ちください!これは全てゴーマンのパーティーが……!」


コモノンが大声で叫ぶ。この期に及んで、まだこのゴミは俺のせいにしようとしている。


「コモノン、てめえ!いい加減にしろ!」


ドゴオオオオオ!


「ぎゃあああ!誰かこいつを取り押さえてくれええ!」


周りの冒険者どもが集まってきた。コモノンから俺を引き剝がそうとする。


「ちくしょう!お前ら、汚い手で触るんじゃねえ!……ぐわああああ!」


ドガアア!バキィ!


あろうことか、他のクソ冒険者まで殴ってきやがった。この……!


「お前らのせいでギルドが取り潰されたらどうするんだよ!責任とれ!」


「他の街で冒険者なんて、俺は嫌だからな!」


「さっさとこのギルドから出ていけ!」


おいおい、何でそうなるんだよ。俺は何もしてないだろうが!


「「出ーてーけ!出ーてーけ!出ーてーけ!」」


ギルドの連中が全員で叫び始める。奴らの目は憎悪に満ちあふれていた。その目を見て、俺は背筋が凍り付く。こんな目で見られることは、今までなかった。


「お、おい、お前ら何もそこまで……」


「「「出ーてーけ!!出ーてーけ!!出ーてーけ!!」」」


そして、この大騒ぎを聞いてバルバラたちが目を覚ました。すぐに、ここが冒険者ギルドだと分かったようだ。


「くっ……うっ……。って、何の騒ぎよ」


「なぜ出てけ……なんて私たちは言われているのですか?」


「おい、ゴーマン。何があったんだ?……説明してくれ」


こいつらになんて言えばいいんだよ。


「あ……いや……」


「「「「出ーてーけ!!!出ーてーけ!!!出ーてーけ!!!」」」」


ギルドに響く大声を、俺は呆然と聞いているしかなかった。

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