第12話:全滅の危機(Side:ゴーマン③)
「ここの道を抜ければ、いよいよスワンプドラゴンがいる沼地ですね」
その後俺たちはヤボクの森を順調に進み、沼地の目の前まで来ていた。奥に行くにつれて森は深くなり、視界が悪くなっている。
「あとはスワンプドラゴンを討伐すれば、無事クエストクリアだな」
とは言っても、このパーティーはギルドで一番強いから、相手がAランクモンスターといえど敵ではないだろう。さっきのゴブリンの群れは、状況が悪かっただけだしな。でも念のため、こいつらには声かけしておくか。
「スワンプドラゴンはAランクモンスターだ。ゴブリンの群れとはわけが違う。皆、油断せず戦えよ」
俺は後ろを振り向いて、歩いているメンバーに言う。
「あたしの《ファイヤーボール》で丸焼きにしてやるって」
「私は皆さんを常に回復させ続けますわ」
「的がでかい分、むしろ攻撃を当てるのが楽そうだ」
全員、余裕が溢れ出ている。なんだ、心配して損したぜ。さすがはギルドで一番の……。
ヒュンッ!グサアアアアアアアアアアアアア!
「ぎゃあああああああああああああ!!」
いきなり何かが飛んできて、俺の左腕に勢いよく突き刺さった。ドクドク血が出てくる。
「いってえええええええええええええええ!何だよ、これええええええええ!」
よく見ると、木の枝のような物が刺さっていた。
「ゴーマンさん、大丈夫ですか!?」
カトリーナが駆け寄ってくる。俺は木の枝を引き抜き、回復してもらう。
「クソっ、いてえな!カトリーナ、頼む」
「《オール・キュア》」
キュウウウウウウウウウウウン。
青白い光が俺の腕を包んだかと思うと、あっという間に傷が治った。さすがは、このパーティーきっての回復役だ。
「ありがとう、カトリーナ。おかげで……って、お前いつもより疲れてないか?」
カトリーナは息切れしている。今まで、こんなに疲れているカトリーナは見たことがないぞ。
「ハァ……な、なぜか……ハァ……魔力の消費量が……ハァ」
「おい、だ、大丈夫かよ」
ポーションもないのにお前の魔力が切れたら、俺たちはどうやって回復するんだよ。俺は魔法のことは何にもわからないぞ。
ガサガサガサッ!
不意に、木の影から物音がした。驚いて俺はビクッとしてしまう。
「こ、今度はなんだ!?」
『グウウウウウウウウウウウウ!』
トレントが一匹出てきた。あまりにもしょぼい敵で、俺はひょうしぬけしてしまった。
「なんだ、トレントかよ」
こいつはただのCランクモンスター。冒険者になり立てのパーティーが、初心者を卒業するのにうってつけのザコモンスターだ。
「アハハ、ゴーマンったらビビりすぎぃー」
「トレントなんかに驚くなよ、ゴーマン」
「ハァ……ハァ……トレントでしたか」
バルバラとダンはケラケラと笑っている。まったく人騒がせなモンスターだな、こいつは。
「おい笑うなよ、お前ら。仕方ねえな、俺が一人で倒してやるよ、こんなザコ」
トレントなんて俺の手にかかれば瞬殺だ。というより、俺はどんなモンスターだって一瞬で倒してきた。剣をスラリと抜いて、トレントの前に立つ。一分の隙も無い、完璧な構えだ。Cランクモンスターごときでは、攻撃してくることもできないだろうな。
「さぁ、どこからかかってきてもいいぞ。このクソザコ……」
ドゴオオオオオオオオオオン!
トレントは即座に間合いを詰め、枝先にあるこぶで俺の腹を思いっきり殴った。ゴブリンのこん棒とは、まるで比較にならない一撃だ。あまりの衝撃に呼吸もできなくなる。剣を落とし、地面にひざまづいた。立っていることすらできない。
「かっ……な、なんで……ゲエッ!ぶええええええええ!」
そのまま、腹の中身を吐いてしまった。
「ちょっと、ゴーマン大丈夫!?って、きたな!」
「ゴーマン!お前は後ろに下がってろ!こいつは俺とバルバラで倒す!カトリーナ、その間にゴーマンを回復させていろ!」
バルバラとダンが助けに来る。新手を見て、トレントは少したじろいでいるようだ。この隙にカトリーナに回復を……。
「カ、カトリーナ……ゲェ……回復してくれ……」
「ハァ……ハァ……《オール・キュア》」
キュウウウウウウウウウウウン。
みるみるうちに、腹の痛みが消えていく。
「よしっ、さすがカトリーナだ!やっぱりお前は……」
バターンッ!
しかし回復が終わったとたん、カトリーナは倒れてしまった。
「どうした、カトリーナ!?」
「も……もう限界……」
俺はカトリーナをゆすっただが、うめくように言うだけだ。とそのとき、バルバラが呪文を叫ぶ声が聞こえた。
「くらえ!《ファイヤーボール》!」
ドガアアアアアアアアアアアアアアアアアン!
特大の《ファイヤーボール》がトレントに直撃した。辺りの木が、チリチリと燃えている。
「イエーイ!どんなもんよぉ!」
立ち昇る黒煙の前で、バルバラがキャッキャッと喜んでいた。トレントは炎系の魔法が弱点だ。これじゃあ、ひとたまりもないだろう。
「よくやったな、バルバラ!さすが“業火の魔女”だ!」
ダンもバルバラを褒め称える。
「あたしにかかれば、こんなザコは朝飯ま……ぎゃあっ!」
ブウウウウン!バキッ!……ドサッ!
突然バルバラが吹き飛ばされ、向かいに生えている木に衝突する。骨が折れる音が聞こえ、バルバラは動かなくなった。スワンプドラゴンの仕業か!?ちくしょう、少し近づきすぎたな!俺はすぐに走り寄る。
「バルバラ、大丈夫か!?ダン、なにボーっとしてるんだよ!」
ダンは正面を見つめたまま、ぼんやりと突っ立っている。
「おい、聞いてんのか!スワンプドラゴンなんかに、怖気づいてるんじゃねえよ!ダ……!」
「あ、あれ……」
ダンが黒煙を指さした。つられて俺もそっちを見る。中から出てきたのは……あろうことかトレントだった。ダメージを受けているどころか、むしろ怒りでパワーアップしているようだ。
『グウウウウウウ!ガアアアアア!』
「は?何でトレントが出てくんだよ。バルバラの《ファイヤーボール》が当たっただろうが」
「ゴーマン、なぜトレントは生きているのだ?」
ダンは不安そうな顔で、俺に聞いてくる。
「俺が知るわけねえだろ!どうせ上手く当たってなかったんだよ!しょうがねえ、俺らで倒すぞ!」
「わ、わかった!」
俺とダンはジリジリと近づいていく。トレントは怖気づくような素振りはない。それどころか、俺たちをバカにしているように感じる。Cランクモンスターのくせに調子に乗りやがって!俺は力いっぱい剣で斬りつけた。
「このやろう!覚悟しやがれ!」
ブンッ!スカッ!
なぜか俺の剣は空を切る。さっきから何だよ、これは!
「何やってるんだ、ゴーマン!もういい、俺がやる!」
ダンが俺を押しのけて、斧を振り下ろす。
「うおおおおおおおおおおおお!これでもくらええええええええ!」
トレントはサッと身を避けた。
ブゥン!スカッ!
ダンの斧も、むなしく空を切る。
「クソッ、素早い奴め!」
違う、お前の攻撃スピードが遅すぎるんだよ!
ビシッビシッ!ビシッビシッ!
トレントが、鞭のように枝をしならせて叩いてきた。
「うわああ!いてえ!ダン、さっさと盾で防御しろ!」
「わ、わかっ……ぐああああああ!」
ダンは枝で叩かれて、トレントに斧も盾も取られてしまった。身に着けているのは、もはや頑丈な鎧だけだ。
「このボンクラ!何が俺がやるだ、ふざけんな!」
「うるせえ!だったらお前がやってみろ!……ぎゃあ!」
ドガアアアアアン!……ドサッ!
トレントがダンを殴り飛ばした。ダンは気絶して、ピクリとも動かない。もうこんな奴らなんか、あてにならない。俺は仲間が弱すぎてウンザリした。
「こいつを討伐したら説教だな、これは」
俺はトレントの正面に立つ。さっき攻撃を喰らったのは油断していたからだ。精神を統一して、トレントに渾身の一撃をお見舞いする。
「はあああああああああああああああああ!…………え?」
パッキーーーーンッ!
ウ、ウソだろ……トレントに斬りつけた瞬間、剣が折れてしまった。無理して買ったAランクの剣なのに……。たった今、俺は武器を失った。
『グゥフフフフフフフフフ!』
トレントは、勝ち誇ったような表情で近づいてくる。
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