第10話:理由

「おい、どうしたんだ。大丈夫か?」


「わぁ、かわいい赤ちゃん。女の子かな」


俺たちが近寄ると、娘はビクッと驚いた。しかし、笑顔で赤ん坊を眺めているナディアを見て安心したようだ。


「ありがとうございます。あなたの言うように、この子は女の子ですよ」


「俺はアスカ・サザーランド、こっちはナディアだ。俺たちは冒険者としてこの街に来たんだがな。街の様子に驚いているところだ。何があったのか教えてくれないか?」


「街もギルドも人が全然いなくて、私たちびっくりしちゃったよ」


「私はカミラと言います。そう、あなたたちも冒険者なのですか。なら、早くこの街から出て行った方がいいですわ……」


しかし、カミラと名乗った娘はまた泣き始めてしまった。何か深刻な悩みでもあるようだ。


「ねえ、どうして泣いているの?」


「もし良かったら、あんたが泣いている理由を聞かせてくれないか?何か力になれるかもしれん」


俺たちが言うと、カミラはあっけにとられた顔をしていた。だが、やがて涙をぬぐいながら話してきた。


「あなたたちは優しいのですね……。実はこの街の近くに洞窟があるのですが、そこにメデューサが住み着いてしまって……」


メデューサか。それは冒険者たちにとっては、少々厄介な敵だ。その呪われた眼を見てしまった者は、石にされてしまうという。無論、Sランクのモンスターだ。


「アスカ、メデューサだって!そんな怖いモンスターがこの近くに!」


「それで、冒険者たちはどうしたんだ?討伐に向かっているのか?見たところ、ここは結構な数の冒険者がいそうな街だが」


しかし、カミラの表情はとたんに暗くなった。やはり、あのギルドには何かあったのだ。


「はい、すぐに冒険者の人たちが倒しに行ってくれたのですが……みんな石にされてしまったのです……」


「そういうことだったのか。それでギルドには冒険者たちが、全然いなかったわけか」


つまり、全員メデューサに返り討ちにされてしまったということだ。


「ひどい奴だね、メデューサは」


「私の夫も討伐に行ったのですが…………帰って来なくて……うっ……うっ」


カミラは赤ん坊を抱きながら、懸命に涙をこらえている。夫が石にされてしまったなんて、誰でも信じたくないことだ。


「全員が石にされるなんて、メデューサは何体かいるのか?直接奴の目を見なければ、石にされることはないはずだが」


「いえ、1体だけだと聞いています。噂だと目を見てないのに石にされたとかで……」


「そうだったのか。もしかしたら、そいつはハイ・メデューサかもしれないな」


「ハイ・メデューサ?メデューサにも種類があるの?」


隣にいるナディアが聞いてきた。さっきから赤ん坊に、自分の指を握らせている。


「ああ、メデューサにも上位種がいると聞いたことがある。目を見なくとも、睨まれただけで石にされてしまうそうだ」


「そのせいで、この街から人がいなくなったんだね」


冒険者が全滅したとなれば、住民たちにはどうすることもできない。修道会に助けを求めるにしても、とにかく早く逃げた方が良いと判断したのだろう。


「石にされたくなければ貢ぎ物を持ってこい、ってメデューサに言われてるんです。最初は食べ物とかだったんですが、だんだん宝石とか金とか高価な物になっていって。住民も商人も、みんな逃げてしまいました。私はこの子がお腹にいたから逃げられなかったのです」


「だからギルドの支配人は、メデューサについて教えようとしなかったのか。Aランクならまだ期待できた、と言っていたことも納得できるな」


Dランクの冒険者ごときには、倒せるはずがないということなんだろう。また、街の住民たちの荒々しい態度にも説明がついた。


「街の人たちが冒険者に対してやけに攻撃的だったのも、そのためか」


「メデューサを討伐できなかったから、冒険者そのものが目の敵みたいになっちゃったんだね」


要するに、メデューサを討伐すれば全て解決というわけだ。


「そして、メデューサが……今度はこの子をよこせって言ってきて……。もう、私はどうしたらいいのか……この街はおしまいです……」


カミラはそう言うと、またしくしくと泣き始めてしまった。赤ん坊をぎゅっと、とても強く抱きしめている。


「心配するな、俺たちがメデューサを討伐してくる。奴がいる場所だけ教えてくれ」


「アスカが来たからにはもう平気だよ、安心して」


「え?」


カミラはポカンとしている。しかし、すぐに気を取り直した。


「いや、でも!たった二人だけじゃ倒せませんわ!だって、この街の冒険者たちが全員でかかっても、倒せなかった相手なんですよ!」


この娘は優しい性格なのだろう。自分も辛い境遇におかれているのに、俺たちのことを心配している。


「なに、大丈夫だ。腕には自信があるんでな。それに、このままじゃ赤ん坊をメデューサに取られてしまうぞ」


「アスカは絶対負けたりしないよ!」


「で、でも」


「俺たちは相手が誰だろうと、絶対に負けない。頼む、信じてくれ」


俺は真剣な目で見る。カミラはしばらく悩んでいたが、やがて決心したように言ってきた。


「わかりました。洞窟の場所をお教えします。どうか……どうか……この子を守ってください!」

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