第9話:冒険者のいない冒険者ギルド
街の様子からある程度予想はついていたが、冒険者ギルドの中も閑散としていた。
「まさかとは思ったが、ギルドすらこんな状況なのか」
「ここにも全然人がいないね」
ギルドと言えば、どの街でも賑やかなのが常だ。しかし、ここには冒険者はおろか、受付嬢の姿も見えない。こんなに静かなギルドを見たのは、俺も初めてだった。
「あっ、アスカ、クエスト掲示板があるよ」
「……ふむ、依頼はあるにはあるが、ほとんど放置されているみたいだ。これでは冒険者ギルドの体をなしていないな」
掲示板には多数のクエストが張り出されている。しかし、そのうちのほとんどは受注されていない。最新の依頼も、数週間ほど前のものだった。
「ねえ、誰かいないか探してみよ。誰かいませんかー」
「おーい、誰かいないのかー」
俺はナディアとギルドの中を歩き回る。人っ子一人おらず、とても不気味な雰囲気だ。
「誰だ!」
二人で呼びかけていると、奥の部屋から酔っぱらった男が出てきた。身なりはかなりボロボロだ。そして、片手に酒のビンを持っている。しかし、着ている服は品がある物だった。そのことから、ギルドの支配人だとかろうじてわかる。
「あんたは、このギルドの支配人だな。俺はアスカ・サザーランドというものだ。このギルドはどうしたんだ。いったいこの街で何があった?」
「おっしゃる通り、わしは支配人のドリンカーだ。へっ、お前たちも冒険者みたいだな。腕試しに来たのかい?それなりの腕があるんだろうな?」
「どうして誰もいないんですか?街の人たちも何だか怖かったし、ってお酒くさい!」
強い酒の臭いが、俺たちの立っているところまで届いた。相当な量の酒を飲んでいるに違いない。ナディアは鼻をつまんでいる。
「お前たちの冒険者ランクはいくつだ?ああ?」
「俺たちはDランクだが……」
「ヒャハハハ!Dランク!バカにしてんじゃねえよ!」
ドリンカーは笑いながら、グビグビと酒を飲んでいた。Dランクと聞くや否や、俺たちのことをバカにしたような目で見ている。
「なぜ他の冒険者が全くいないのだ?」
「フンッ、駆け出しの新人冒険者に説明したところで、時間のムダでしかないわ!Dランクって言ったって、本当は素人同然なんだろう!?そんな奴はお呼びじゃないね!」
「アスカは新人でも素人でもないってば!」
バカにされたところで俺は何とも思わなかったが、ナディアはとても怒っているようだった。
「図体がでかいだけの能無しってのは、どの街にもいるもんだ。お前は体がでかいから、せめてAランクはあると思ったがな。期待して損したぜ。とんだ笑いものだよ!ヒャハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!」
ひどく酒に酔っているらしい。ドリンカーは腹を抱えて、ずっと一人で笑っていた。
「ねえ、アスカ。どうしよう、あの人何も教えてくれないよ」
「うーむ、これは困ったぞ。街の人たちに聞こうにも、あんな調子だしな」
そういえば、ドリンカーが気になることを言っていたのを思い出した。
「さっきあんたは、期待して損したって言っていたな。それはどういう意味だ?」
「お前がせめてAランクあれば良かったのに、ってことだよ!」
「だから、どうしてAランクだと良かったのか聞きたいのだが……」
「うるさい!Dランク冒険者に話すことはない!」
ブンッブンッ!ガシャーン!バリーン!
ドリンカーは怒鳴ったかと思うと、酒ビンを手当たり次第に投げつけてくる。
「わかったら、出て行け!このポンコツどもが!さっきも言ったが、Dランクなんてザコ冒険者はお呼びじゃない!とんだ期待外れだ!さっさと、この街から出て行け!」
「うわぁ!危ないからやめて!」
「やめるんだ、ドリンカー!」
ひとしきり酒ビンを投げると、ドリンカーはまた奥の部屋に戻ってしまった。ガチャン!と鍵がかかる音がする。
「あっ!ちょっと待ってよ!」
「おい、何で教えてくれないんだ!」
俺たちはドンドンと扉を叩く。しかし、扉は固く閉ざされている。二度と部屋から出てこない意志が感じ取れた。
「あの人、絶対出てこないつもりだね」
「ギルドの支配人なら知っていると思ったのだが。しかし、困ったな。街の人たちはあんな状態だし」
「もうこの街から出て行く?冒険者ギルドなら、他の街にもあるでしょ?」
「うむ……そうだな、この街は俺たちとは相性が悪いのかもしれない」
諦めて冒険者ギルドから外に出てきた。相変わらず、街の通りも殺伐としていた。
「さて、次はどこの街に行くかな」
「そうだねえ……あれ?なんか女の人の泣いている声が聞こえない?」
ナディアは耳をピクピクさせている。しかし、俺には女の泣き声など全く聞こえなかった。
「俺には何も聞こえんが」
「あっちの方から聞こえてくるよ」
そのままナディアに案内され、ギルドから少し離れた街角まで歩いていく。やっぱり、猫人族は人間より耳が良いらしい。ナディアが指さしているところに近づくと、俺にも女の泣き声が聞こえてきた。
「ほんとだ。誰かが泣いているな」
「何か悲しいことでもあったのかな?」
角を曲がってみると、道端に座り込んで泣いている娘がいた。その両手には、小さな赤ん坊を抱えている。
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