第8話:廃れた街
「ね、ねえ、アスカ?ほんとにユタラティから出てきて良かったの?なんか、すごく強いDランクの<剣士>がいるらしい、って噂になってたよ?」
ナディアが遠慮がちに聞いてきた。俺たちは今、“商業の都”と呼ばれるカウパリーネンに向かって歩いている。そのままユタラティの街でクエストを続けても良かったが、ナディアを追放したパーティーと鉢合わせすると面倒だからだ。
「ああ、別にいい。お前だって、いつまでもあそこにいるのは嫌だろう。それに、噂などどうでも良いさ。“魔王”に関する情報も、特になさそうだったからな」
そう言うと、ナディアはホッとした。どうやら街から離れるにつれて、少しずつ安心してきているようだ。
「おっと、そうこう言っている間に、カウパリーネンの街が見えてきたぞ」
「へえー、ここがカウパリーネンかぁ。こんな大きな街は、私見たことないなぁ」
商業の都というだけあって、ずいぶん大きな街だ。ここは交通の要所なので、昔から人の往来が盛んなことで有名だった。人も多ければ、その分情報も多いだろう。と俺は思っていたのだが……。
「なんか、思ったより寂しい街なんだね」
「うーむ、かなり栄えている所だと聞いていたんだがなぁ」
街を歩いている人はまばらで、市場にも活気がなかった。もちろん、人が全くいないわけではないが、聞いていた話よりやけに人が少ない。この街の規模と立地なら、もっと人がいてもいいはずだ。住民だけでなく、商人の類もほとんどいなかった。
「昔から人が少ないところなのかな?」
「おそらく、最近になって人が減ったんだろう。道幅は広いし建物の数も多いからな」
街そのものは大きな街だ。店や宿屋はもちろん、武器屋などもたくさんある。しかし、ほとんど閉まっているか開店休業状態だ。街が壊されている様子はないから、モンスターや盗賊団に襲われたということは考えにくいが。
「なるほど。アスカは頭も良いんだねぇ」
なぜかナディアは誇らしげにしていた。しかし、この街にいったい何があったのだろう。それにしても、ここは険しい顔つきの住民が多い気がする。さしあたって、街の状況について情報を集める必要があるな。
「何はともあれ、まずは冒険者ギルドに行ってみるか。ここのギルドも、街の中心部にあるのだろうか」
「あっ、ちょうど前から女の人が歩いて来るよ。あの人に聞いてみようか。けど、なんだか怖い顔をしているね」
俺たちが歩いていると、道の向こう側から婦人が歩いてきた。周囲を警戒しているようで、雰囲気がピリピリしている。
「まぁ、道を聞く分には問題ないだろう」
この婦人も他の住民と同じように、やけに目つきが鋭い。
「ちょっとすまない、冒険者ギルドはどこに……」
「あ、あんたら、よそから来た冒険者だね!?今さら何しに来たってんだい!!」
「ひゃあああっ!ごめんなさいいいっ!」
道を尋ねただけなのに、いきなり婦人は怒鳴ってきた。ナディアはすぐに俺の背中に隠れてしまう。婦人は怒りがこもった目で睨みつけてきた。俺たちはそんな目で見られるようなことはしていないのだが。この街の住民は、冒険者が嫌いなのだろうか。
「ど、どうしたんだ!?何かあったのか?」
「あんたらが頼りないせいで、この街はもうおしまいだよ!冒険者なんて偉そうに言って、結局何もできやしないじゃないか!」
婦人がいらだちをぶつけるように言ってくる。その大声を聞いて、周りの住民が集まってきた。一様に厳しい表情をしている。
「おい!また冒険者が来たんだってよ!」
「頼むからもう余計なことはしないでおくれ!」
「お前らが弱いせいでこんな目にあったんだぞ!」
見る見るうちに、住民に囲まれてしまった。皆、口々に俺たちを責めてくる。俺たちが何をしたというのか。
「ア、アスカァ。なんかこの人たち怖いよ」
「そうだな。ここは一旦逃げるとしよう。走るぞ、ナディア」
俺たちは住民を押しのけるようにして走り出した。慌てて住民も追いかけてくるが、追いつくはずもない。
「あいつら逃げちまうよ!」
「こら!街の中に入るんじゃない!」
「クソっ!なんて速さだ!」
あっという間に住民たちを引き剥がし、建物の裏まで来た。この辺りは人通りが少ないので、さっきのような騒ぎは起きないだろう。
「よし、ここまでくれば大丈夫だろう」
「びっくりしたぁ。いきなり怒鳴ってくるんだもん」
俺はもちろんだが、ナディアは息一つ乱れていない。さすがは猫人族と言ったところだな。
「ねえ、アスカ。街の人たち、なんだか様子がおかしくない?みんな冒険者が嫌いなのかな?」
ナディアは不安そうな顔をしている。大きな街なのに人が少ないこと、冒険者を過剰なくらい敵視していること、何かがありそうなのは明白だった。
「うーむ。住民と冒険者の仲が悪いなんてことは、俺もあまり聞いたことがないが」
目の前を見ると、ちょうど冒険者ギルドがある。どうやら、知らないうちに近くまで来ていたらしい。
「とりあえずは、ギルドに行ってみよう。何か情報が掴めるはずだ」
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