第2話 四首脳は追い詰められる

 スコールが降り、そのあと壮大な夕焼けが広がったサバンナ。

 軽装甲車とブッシュ、森の木のシルエットが長く伸びている。

 砲撃は、まだ断続的に続いていた。

 ヤムイモンには、バジリックの他にも立派な施設がいくつかあり、ひとつは国会議事堂。これも年間で何日と使われていないが、西洋趣味のコリント様式、総建坪一五〇〇平米。入り口の門から議事堂の玄関までなども、たっぷり二五〇メートルの間、真っ白な石畳が敷きつめられ、モニュメントの散在する前庭となっている。これは、容赦なくクレーターをボコボコとうがたれていた。

 他に立派な施設としては、前々大統領邸。総敷地面積七ヘクタール、数十頭のワニが飼われている広く長い掘り割りが門前に設けられ、三六〇度ガラス張りの展望台を持つ、宮殿のような邸宅が建っている。これも、容赦なく蜂の巣にされて最後は倒壊、瓦礫の山と化していた。

 夕陽の中、その戦況を無線で聞き取りつつ、ヘルメットの兵士は、はぐはぐ、むしゃむしゃとおいしいお弁当の真っ最中だった。

 美食の国の自慢のレーション。


 恐怖と不安と、疲労とみじめさとひもじさとに、要人たちはおしつぶされかかっていた。

 荒々しい砲声の中で、橙色の斜め四十五度の光線が、ホコリっぽく、落下したガラスやしっくいが散乱して荒れたバジリックの内部を茜色に染め上げている。

 陰影が濃い。

 彼らは孤立していて、誰も助けにこなかった。

 外部の様子は分からず、ただ、この建物の外では砲弾の嵐が吹き荒れているということだけがわかった。

 聖堂だけは破壊の対象から免れているのかも知れない。

 アフリカ人の指導者たちは今や、バジリックのいろいろな隅に別れて、むっつりと黙ってうずくまっていた。一〇メートルから五〇メートルの距離を置いている。

 最初の一時間は、この攻撃の犯人探しの怒鳴りあいをし、次の一時間は内乱中の悪事と悪癖をあげつらいあった。次の一時間は何故内紛がはじまったかの罪のなすりつけあいに終始し、四時間めはどこかの国が内戦に乗じて進攻してきたのだと仮定して、それを招いたのはいったい誰かと、どの政策がまずかったのかと、結局また襲撃目的のなすりつけあいにたちもどった。

 お互いを疑って、彼らはそれぞれ反発しあう磁石のように離れあって、今のそれぞれの位置に立ち、さらに怒鳴りあっていたが、やがて罵声はだんだんに断続的になり、ぱったりと途絶えて、もうかなりたつ。

「お腹、すきましたねぇ……」

 レミュール顧問は、北側の、ばっきりと折れたキリスト象の十字架の下で、しわくちゃでホコリだらけになったスーツのズボンの膝を抱えていて、くすん、と鼻をすすりあげた。

「頑張って我慢なさって下さい」

 横に膝をついている秘書官が言った。彼も喉の渇きと誇りで、声はかすれていた。

「くそっ、この攻撃さえ始まらなければ、昼食会だったのに……」

と、西の小礼拝堂で、低くうめく声がきこえた。



 兵士の魅惑の夕食は続く。

 美食の国の自慢のレーション。

 缶詰のミート・アンド・ビーンズは、プルタブ方式でパカッとあけたあと、レーションの紙箱に一緒にパックされているアルミの簡易発熱装置にかけて、あつあつにしてある。トロリとしたトマトソースがうまい。

 発熱材の余熱で食後のお茶用の湯をわかしながら、パンがわりのビスケットもばりばりと食べる。プレーンとチョコ味があるが、両方うまい。サクサクとした口当たりだ。

 粉末をお湯にとかすタイプだが、グリーンポタージュも適度な塩味でいけている。

 同じく水に粉末を振り入れる果物のジュースと、食後には、ネスカフェの粉末コーヒーか紅茶のティーバックでお茶が淹れられる。粉だがミルクもあるし、砂糖ももちろん。

 そしてヌガーバーとアルファベットチョコレート、チューインガムにラムネとおやつの小さな個包装も充実していた。



「くそっ、この攻撃さえ始まらなければ、昼食会だったのに……」

 西の小礼拝堂で、低いうめき声。

 夕暮れの残照も消えようとしている。

 がらんどうのカテドラルは、人の声をいんいんと響かせ、すみずみまでよく音を伝えた。

 南の喜捨室の方から、

「ったく、どうして誰も助けに来ないんだ。私たちがどうなってもいいのか、この国は」

 東の小礼拝堂から、

「ああ……」

と嘆息。

 側廊の西側の中程の宝物倉庫から、すすり泣く声が聞こえてきた。

「誰だぁ!! 平和なワール国を返せぇぇえ!!」

「……なぁにを盗人たけだけしい。それにゃあおはんから更正せなあかん!!」

「なんじゃとぉッ!!」

 それから彼らは再び息を吹き返し、かまびすしい罵り合いに、もういちど突入した。



 満天の星が輝く熱帯の空。

 ばらまいたダイヤモンドにルビー、サファイア、エメラルド。

 天然のプラネタリウムのドーム天井の下で、砲声は、遂に止んだ。

 入れ替わって、ローターの轟音がどこからともなく聞こえはじめた。

 ドイツ・フランス共同開発の攻撃ヘリコプターが、ヤムイモンの市街の上空を通過してはダラタタタタタタ……と三〇ミリ機関砲の響きを轟かせる。帰りには六八ミリロケット弾を調子よく放ち、ときどき大盤振る舞いで、軽対空砲も落っことした。

 美しい夜空に包まれた地上に、蒼白い閃光がときどき閃き、ポムッとかドムッとかいう音をたてて白煙が吹いてたなびいた。

 騒音で、空腹で、恐怖でまんじりともできないヤムイモンの夜。

 しかし、軽装甲汎用車の隣、ブッシュの影では、お腹のくちた白人兵士が、交代でテントのシュラフに入っていた。シュラフの中の兵士は、くーくーと幸せな寝息をたてていた。



 一睡もできなかったカテドラルに、東から曙光がさしこんだ。カッと強烈な、熱帯の曙光が聖堂内に満ちていく。新しい、躍動的な力を喚起するのにじゅうぶんな光だったが、がらんどうには、それに牽引されて生気が満ちる気配は微塵もしなかった。

 灯火のない恐ろしい夜がやってきてからも、何度か、轟音の間を縫って言い争いはぶりかえしたが、深夜をまわったころから、さすがに誰もそんな元気を失っていた。

 空爆の中で孤独に震えていた大統領、首相、北部戦線首領、西部愛国党党首は、それぞれのうずくまっていた四隅から、憔悴しきった顔を、しかたがないというようにあげた。

 泣きそうな顔、情けない顔。

 閉じこめられて、もう二〇時間近く。

 もうたくさんだ。

 立ち上がり、ふらふらとよろめく足取りながら、ひとつところにあつまった。事務局長とレミュールも、言葉も交わさないまま、足をひきずるようにして合流し、肩を並べた。

 十字の交わるバジリックの中心、大ドームの真下。

 骨組みだけを残して素通しになったドーム天井の下に皆が集まると、陽光の中に、彼らの惨めな姿があからさまになる。

 埃まみれの服、臭いを放つ体、ぐしゃぐしゃの頭髪。皆、目は落ちくぼみ、頬はこけ、一晩で面変わりしていた。

 さあ、これからいっしょにどうしようか……?

 そのとき再びヘリのローター音が、バララララララ……と、聞こえてきた。

 哀しい色が、黒人たちの顔に浮かぶ。

 またか……


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